2013年05月24日

イタリア共和国憲法の修正2


先回みたようにイタリア共和国憲法は硬性憲法に入る訳であるが、憲法の改正に賛成する人は、「それでも硬性憲法をもつ諸外国では複数回改正しており、イタリアでも過去16回も改正してきたではないか。だから過去一度も改正されない日本がおかしい」と考えているようである。

そこで、一度イタリア共和国憲法(以下、イタリア憲法という)の修正された条項を検討したいと思う。
 イタリア憲法は1947年12月に公布され、1948年1月1日に施行された。従って日本の憲法が1946年(昭和21年)に11月に公布され、翌1947年(昭和22年)5月3日に施行されたという経過に近似している。

 16回の改正は、以下のようである。
1963年02月09日    両院の議席配分変更(56条,57条)、共和国上院の任期(60条)
1963年12月27日    モリーゼ州の新設に伴う改正(131条、57条)
1967年11月22日    憲法裁判所の裁判官の任期の短縮(135条)
1989年01月16日    大臣の弾劾裁判制度の廃止及び大臣の犯罪の裁判管轄(96条、134条、135条)
1991年11月04日    大統領が解散権を行使できる期間の緩和(88条)
1992年03月06日    大赦及び減刑の法律事項への変更(79条)
1993年10月29日    国会議員の不起訴特権の一部廃止(68条)
1999年11月23日    州の自治権強化及び州知事直接選挙の導入(121条〜123条、126条)
2000年01月17日    公正な裁判の確保及び刑事被告人の権利保障(111条)
2001年01月23日    在外選挙区の設置(48条)
2001年01月31日    在外選挙区で選出された国会議員定数の確定(56条、57条)
2001年10月18日    国と地方の関係の根本的改革(第2部5章)
2002年10月23日    サヴォイア王家子孫の公民権剥奪及び男系子孫の帰国禁止規定の削除(経過規定)
2003年05月30日    女性の政治参加促進策の合憲化(51条)
2007年10月02日    死刑廃止導入(27条)
2012年04月20日    憲法への均衡予算原則の導入及び財政権の政府権限強化(81条、97条、117条、119条)

これら16回の修正の大部分がいわゆる「統治」に関する条項であり、人権に関すると思われるものは、少数に過ぎない。
簡単に見てみた。
 
 2001年のイタリア国外にいる選挙人の選挙権に関する規定についてである。実は、このような規定は日本国憲法であれば憲法改正手続きではなく、公職選挙法を改正すれば足りる問題であって、現に1998年4月には公職選挙法の第4章の2として追加的に規定され、第30条の2以下の条文にて整備された。
さらに2007年には死刑廃止規定が修正された。これは従来「死刑は、戦時軍法に定められる場合を除くほか、許されない」という規定であったものを、一切の例外を認めない死刑廃止としたものである。イタリアでは1947年に死刑が執行された以後は執行はなかったことから、この修正についてはほとんど反対論はなかったと聞く。ところで、刑罰に関しては日本国憲法では第36条で「公務員による拷問及び残酷な刑罰はこれを禁ずる」と規定されているに過ぎないので、例えばイタリアのように「死刑制度は採用しない」という方向で変更するためには憲法を改正するのではなく、「死刑は残酷な刑罰である」という理由で「刑法」を改正すれば足りることになっている。
2003年には女性の政治参画についての修正がなされた。これは人権拡充の方向での修正であるが、憲法第3条で「すべての市民は等しく社会的権威を有し、法律の前に平等であり、性、人種、言語、宗教、政治的意見、個人的及び社会的条件によって差別されない」と規定しているので、どのような理由で憲法を改正する必要があったか、不明である。なお、日本国憲法ではすでに第14条や第24条があるので、女性の政治参画積極策について憲法を改正する必要はないと思われ、現実に1999年には「男女共同参画社会基本法」という法律が不十分ながらも制定・施行されている。
2000年には裁判に関する規定、111条が大幅に拡充された。新設された第1項は「裁判は法律に定められた適正手続きにより実現される」という規定であるが、その他の新設された条項は刑事訴訟における被告人の権利保護を目的としている。日本国憲法第31条では「何人も法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑を科せられない」と規定されているほか、刑事被告人の権利については第37条や第38条などで保障されている。
このように見てみると人権に関する修正事項のうち日本の憲法でも改正を要する条項はほとんどないと言えるのではないだろうか。

他方、統治に関する修正を見てみる。
1963年の両院の議席配分変更というのは、イタリア憲法では56条で「下院は630議席」、57条で「上院で315議席」とそれぞれ議員数が規定されているための改正である。日本では両院の議席数は憲法43条によって「両議院の定数は法律でこれを定める」とされており、公職選挙法第4条で定数が規定されている。従って、定数を変更することは憲法改正事項ではない。
同じく1963年のモリーゼ州の新設に伴う改正は,当然と言えば当然の改正だった。なぜならばイタリア憲法第131条では共和国を構成する20の州のすべてが列記されているからである。日本国憲法にはこのような規定は存在しないので、例えば沖縄が返還されて沖縄県になったときも憲法改正手続きはなかった。
2012年の修正は、イタリアが財政危機に陥ったことから、欧州連合の財政基準と合致させるため憲法で規定されている予算や決算の方法を修正したものである。

以上、簡単に概観したが、イタリアで行われた16回の憲法の改正とは言っても、現在日本で問題になっているような基本的な事柄ではなく、日本人が想像していた事柄と大きく異なっていたことが分かる。
何でも単純に比較して論じることの危険性を感じた。
弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:51| イタリアの風

イタリア共和国憲法の修正



2012年12月26日、安倍内閣が発足して以来、憲法改正論議がかまびすしくなった。すでに自民党は2012年4月に憲法改正草案なるものを発表しているが、安倍内閣は憲法全体の変更を容易にするため、まずは憲法改正手続きを規定した96条の変更をしようとしている。
憲法96条の改正問題については、日本弁護士連合会が本年3月14日に早々と「憲法第96条の発議要件緩和に反対する意見書」を発表している(関係リンク参照のこと)。
ところで、この意見書には「諸外国の憲法との比較」という項目があり、諸外国として、ルーマニア、韓国、アルバニア、ベラルーシ、フィリピン、アメリカ、ドイツ、フランスがあげられているが、イタリアについても「イタリアでは同一構成の議会が一定期間を据え置いて再度の議決を行い、2回目が3分の2未満のときには、国民投票が任意的に行われる」と紹介されている。

おそらくこの紹介では少し分かりにくいと思うので、イタリア共和国憲法(以下、単にイタリア憲法という)の改正に関する規定をそのまま紹介してみたい。

憲法138条
 憲法改正法律及びその他の憲法的法律は各議院において少なくとも3ヶ月の期間をおいて引き続き2回の審議をもって議決される。そして第2回目の表決においては各議院の議員の絶対多数によって可決される。
 前項の法律はその公布後3ヶ月以内に1議院の議員の5分の1、50万人の有権者または5つの州議会からの要求があるときは、人民投票に付される。人民投票に付された法律は有効投票の過半数で可決されない限り、審議されない。
 第1項の法律が各議院の第2回目の表決において、その議院の3分の2の多数で可決されたときは、人民投票は行われない。

 ここでいう「各議院」とは、「Camera dei deputati(カメラ・ディ・デプターティ)」という下院と「Senato della Repubblica(セナト・デッラ・レプッブリカ)」という上院(昔の元老院)の2つの議院であり、まとめて立法議会ないし国会を「Parlamento(パルラメント)」と称しているようだ。
この第1項にある「絶対多数」というのは数字で具体的に表現されているわけではないが、両院でそれぞれ「3分の2」の可決があった時には人民投票は行われないということだから、「絶対多数」というのは、3分の2以下の過半数をさすと考えられる。

ところで、日本では改正の発議要件のみが問題にされているが、イタリア憲法には憲法改正に関する規定がもうひとつある。
 実は139条では「共和政体は、憲法改正の対象とすることはできない。」と規定している。例えば、共和国を君主国に変更することはできないというような主権ないし権力の所在を変更するという意味である。この規定は当然と言えば当然であるが、実は看過してはいけない重要な規定だ。
 今回発表された自民党の改正草案では、「天皇は日本国の元首であり」と明記されているが、「元首」という用語は現在の日本国憲法では使用されていない。従って「現在の日本における元首は誰か」という解釈については学説上も混乱しており、統一的な考え方は存在していない。ただ、宮澤俊義教授は、「元首とは国の首長であり、主として対外的に国家を代表する資格を有する国家機関」と定義し、明治憲法では「天皇は国の元首にして、統治権を総覧する」と規定されていたので、明治憲法下の天皇がまさにこの「元首」であったとしていると指摘している。今回の自民党の草案は「天皇を元首とする君主制」を復活させる意図であることは明らかである。
 従って、この自民党草案のような「天皇は元首である」とする案は、まさに政体を変更することなのであるから、イタリア憲法139条のような考え方から見れば、提案すること自体が違法なものとして許されることはないだろう。
ちなみにイタリア憲法では、その第87条で「大統領が元首(il capo dello Stato)である」と規定されているが、大統領は「国会議員の合同会議において国会により選挙される」とも規定されており、あくまでも共和制内での存在であることは確かだ。


                                  弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:19| イタリアの風

2013年05月21日

トリノのアスベスト判決2



先回は、イタリアのトリノ裁判所で2012年2月13日に言い渡された判決について紹介しました。この裁判の状況については、イタリアの「AssociazioneFamiliari E Vittime Amianto」(略称 AFEVA:アスベスト被害者家族の会)が出しているウェブサイトにアクセスして頂ければ良く分かります。


ete_13_672-458_resize.jpg

 ところで、このウエブサイトによると、裁判を支援した労働組合等の団体は2012年2月14日、次のような声明文を出しました。提出した先は、国際連合事務総長、世界保健機構、世界貿易機関、国際労働機関です。イタリアの小さな都市にある地方裁判所での判決なのに、声明文を出す相手が、このような世界機関ばかりだったのには驚きました。日本でも重要な裁判、人権が問題になっている裁判が沢山あるので、日本も重要な判決についてこのような世界機関に声明文を出すことをもっと積極的に考えたいと思いました。

「私達団体は2012年2月13日トリノの裁判所にて懲役16年の有罪判決がなされたことを評価し検討するために結集しました。この判決は故意による大規模な環境破壊に対するものであり、石綿やセメント製造の多国籍企業のエテルニト社の最高幹部であるスイス人とベルギー人、ステファン・シュミットヘイニ、とルイ・デ・カルチエ・ドゥ・マルシェンネに対してなされました。
 私達は何百万人という労働者や市民への大虐殺、特にイタリアにあるエテルニト社の工場施設があるカサーレ・モンフェラート市とカバニョロ市においてはそうですが、この大虐殺に対する法的正義にとって、歴史的な転換点であると思います。
 石綿の有害性や発がん性についての真実は、この大訴訟における資料により裏打ちされて、おびただしい資料に明白に確認されていると同時に、この真実は、世界中の国において石綿が緊急に禁止されることを要請しています。
 経済性や利益追及という唯一の動機のために労働者や市民の多数を人生の危険にさらし続けていることは、社会的そして人道的な犯罪とみなすべきであり、従って、すべての国において、イタリアの例のように、社会的及び人道的な犯罪として制約されるべきです。
 将来の世代の人々がこのような種類の被害を受けることを阻止することは、それぞれの市民社会における義務です。そして、この目的を達するためには、以上に加えて、国際的組織による綱領、それぞれの国の規準、裁判上の規準や方法などを強化することが必要であります。」


この声明文では、まさにアスベストの被害を根絶するために世界的な連帯を求めています。アスベストが使用ないし利用されていない国はおそらく無いので、アスベストの被害もまさに世界規模で発生しているのです。だから被害根絶のためには世界的な連帯こそが必要なのです。なお、この声明文の原語はイタリア語です。誤訳があるかも知れませんが、ご容赦下さい。
ところで、この声明文を出した団体は、「AFEVA:石綿被害者家族の会」「CGIL:イタリア労働総同盟」「CISL:イタリア労働者組合同盟」「UIL:イタリア労働連合」です。この3つの労働組合はイタリアの3大ナショナルセンターと言われていますが、このうちCGILは、イタリアで最大の労働組合の連合組織で、約600万人の登録がされており、政治的にも大きな発言権を持っているようです。

ete_16_672-458_resize.jpg

アスベスト被害にかかわる訴訟に対して、それぞれ政治的立場や宗教的立場の違いがあるにもかかわらず、3大労働組合団体がこのように一致団結して訴訟支援をするということはとても素晴らしいことだと思いましたし、それだけイタリアの労働者、市民が真剣にアスベスト被害の根絶に向けて努力しているということを感じました。

                   (弁護士 渥美玲子 2012年6月記述)
posted by 金山総合法律事務所 at 11:28| イタリアの風

2013年05月13日

トリノのアスベスト判決

2012年2月13日イタリアのピエモンテ州の州都トリノの裁判所でアスベスト被害について判決がだされました。

トリノ裁判所刑事第1部の3人の裁判官は立って判決を朗読したのですが、その時間は3時間以上にも及んだそうです。「イタリア共和国、イタリア人民の名において、判決を言い渡す」という格調高い言葉で始まり、アスベストを使用した会社の最高幹部2名に対し、懲役刑(禁固刑?)16年間の有罪判決に服すること、訴訟に関する支払いをすること、公職につくことを永続的に禁止すること、16年間公民権を停止すること、行政機関との売買交渉の資格を3年間喪失することの他、被害者とその家族、カヴァニョーロ市及びカサーレ・モンフェラート市などの団体に対して賠償することを命じました。
et_03_672-458_resize.jpg

石綿は紀元前2000年イタリアで発見されたそうで、そもそもイタリアは欧州では最大の石綿産出国でした。トリノ近郊には1991年に閉鎖された欧州最大の採鉱場鉱山があり、多数の労働者が採掘場や石綿工場などで働いていました。そして現在では20万人単位の石綿関連疾患の患者がでていると言われています。その主要な原因のひとつはカザーレ・モンフェラート市にあったエテルニット社の工場であり、同社は石綿含有建設資材の欧州における最大メーカーで多国籍企業でした。
 この判決はこのエテルニット社の最高幹部であるスイス人とベルギー人を検察官が起訴し、刑事事件として審理されました。2009年12月10日の第1回公判の際の新聞報道によれば、このエテルニット社の2人の最高幹部は約3000人の死者を出したという理由で、労働災害に対する予防策の故意による不作為犯及び過失災害犯で起訴されたといいます。実をいうと正式な罪名は今のところ私には分からないのですが、イタリアには石綿に関する刑事訴訟法の法的根拠として「使用者に対する危険防止安全規則」があり、石綿に対する安全配慮義務に関して特別監査する検察官がおり、この義務に違反する使用者は、その検察官により訴追されるそうです。日本では、労災といえば労災申請か、あるいは安全配慮義務違反で民事的損害賠償請求くらいの手続きしかありませんが、イタリアでは懲役刑・禁固刑など刑事訴訟が可能になっていることは本当に驚きでした。
また損害賠償として被害を受けた労働者や遺族に対する支払いの他、民主医療協会などに7万エウロ、アスベスト被害家族協会に10万エウロ、カバニョロ市に400万エウロ、イタリア労働災害補償機関に1500万エウロ、カザレ・モンフェラート市に2500万エウロなど各団体に対しても賠償するよう言い渡し、2人の被告に総額で9500万エウロの賠償義務を認めたそうです。1エウロ100円と換算すると、総額95億円くらいになるでしょうか。日本ではこのような高額な賠償を認める判決例は希有と言っていいでしょう。

et_04_672-458_resize.jpg

マスコミによると、判決後、法廷は被害者やその家族の涙と叫びと拍手であふれたと新聞には書いてありました。またイタリアの厚生大臣は「この判決は歴史的な判決であり、石綿との闘いはこの判決とともに終わった訳ではなく、今後の模範となる」との談話を発表し、環境大臣は「この有罪判決は正義であり、避けられなかった」とのコメントを出したようです。そして起訴した検察官ラファエレ・グァリニエッロは「世界的にみてもまた労働安全に関する歴史においても、重要な裁判だ。石綿が使用されているすべての国に大きな関心があった。」などと述べたそうです。
 しかし、この判決の数時間後、被告2人の弁護人団は控訴を示唆する発言をしたというので、今後の審理が注目されます。
           (2012年4月記述)
弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 18:10| イタリアの風

ラベッロの平和の壁



2012年8月下旬、イタリアの友人、マウリッツィオの案内で、アマルフィ海岸や、カプリ島などに行きました。もちろん予想以上に素晴らしく美しい場所でしたし、食事も美味しく、またイタリア人も私達日本人に気さくに話をしてくれたりしたので、とても楽しく過ごすことができました。何を話しかけられたかって?例えば、小さな男の子から「あなたたち日本人?長友ってすごいね、ファンだよ」ってな具合です。

サレルノからポジターノに車で移動しましたが、その途中、ラベッロという高台の町に寄りました。ルーフォロという由緒ある建物や庭園を堪能したあと、昼食のために、すぐ近くのレストランに行きました。レストランは真下に海、しかも視界いっぱいに海がみえる場所にあり、食事をしながら素晴らしい絶景を満喫しました。
食後、改めて気が付くと、このレストランのある建物がホテルで、そのホテルの道路側の壁に、絵を描いた色とりどりのタイルが貼り付けてあり、また壁に直接文が書かれたりていました。

P1010011.JPG


タイルのようなものには「平和」という意味の各国の言葉が書かれていて、日本語のもありました。沢山の絵の中には、日本に落とされた原爆水爆を描いたものもありました。

P1010013.JPG

P1010017.JPG

緑色の絵の中にはイタリア語で「未来を作るための記憶、連帯、一致、平静。過去を忘れた者は未来を持たない」などと書かれてました。
P1010016.JPG

「戦争反対」という題で、「もし戦争が起きたら、私達はそれぞれそれを阻止しなかったことについて責任があるだろう。その責任とは、戦争すると告げた人にあるのではなく、その通告を聞いていながら何の行動もせず、何の抗議もせず、その通告が現実のものになることを阻止するための投票をしなかった人の責任なのである」という意味の言葉が書かれていました。これは1946年にピエロ・カラマンドレイが話した言葉だそうです。

P1010020.JPG

また「1939年に始まった第2次世界大戦は1945年までに総計5501万4000人が死んだ。戦争やテロ攻撃は続いている。1945年以降も約1250の紛争において、2500万人の死者があったと推定する。(2007年9月)」というのもあり、戦争が過去のものではないことを証明していました。

P1010025.JPG

そのほかにはテレジンの悲劇を書いたものもあり、とても全部を紹介することはできないほどです。

P1010031.JPG

一体、いつ誰が、どのような経過でこのホテルにこんな多くの平和のメッセージを書き描いたのか、知ることはできませんでしたが、観光のために訪れたイタリアのラベッロで、こんな平和のためのメッセージの数々を知り、胸を熱くしました。
もし、皆さんがアマルフィに行ったならば、是非この平和の壁を見てきてください。ホテルの名前は「HOTEL GRAAL」、ルーフォロからレプッブリカ通りを北に100メートル程歩いた場所にあります。
                               弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 14:38| イタリアの風