2014年12月09日

トリノのアスベスト判決 7

イタリアの風
            トリノ アスベスト判決 7

 2014年11月19日の最高裁判所の判決は、イタリアの新聞各紙によれば、消滅時効を根拠にして、有罪判決も損害賠償もすべてを取り消した、ということである。

この記事を書いている2014年12月5日の段階では、私は最高裁判所の判決文を見ることができないので、判決理由の正確で詳細な事実は私には分からない。
実はイタリアでは判決文は判決言渡しの直近の日に交付されるわけではない。日本であれば言渡しの数日後には判決理由も書かれた裁判書の謄本をもらうことができるが、イタリアではそうでもない。例えば、トリノ地方裁判所の判決は2012年2月13日だったが、その判決理由が書かれている判決書が交付されたのは5月頃だったし、トリノ高等裁判所での判決は2013年6月3日だったが、判決理由が書かれている判決書が交付されたのは9月頃だった。従って、イタリアでは判決があった日から通常3ヶ月くらいでようやく判決理由の詳細が分かるということである。

新聞各紙によれば、最高裁判所では、検事総長が公訴の消滅時効について、2012年の地裁判決時にはすでに完成していたかどうかについて明確にするよう主張したとしており、また最高裁判所の副検事であるフランチェスコ ヤコビエッロも、故意による環境破壊罪について消滅時効が完成しているかどうかを明確にするよう求め、「裁判官は法律と公正の狭間にいるが常に法律に従う義務を負う。しかしこのケースでは法律と公正は反対の道を進んでしまった。」と述べたという。
 なお、第1審及び第2審ではグァリニェッロが検察官として審理に関与していたが、最高裁判所では担当しなかったという。また、同じ検察官の立場にありながら、最高裁の検察官がグァリニェッロの意見と異なる論告をしたのは一体何故か、不明である。

ところで被害者側の弁護士が説明したところによれば、検察官の主張は「環境破壊の罪の公訴期間は12年であり、このケースに当てはめれば、エテルニトが破産した1986年に消滅時効が始まり、12年後の1998年に時効が完成した」というものである。
トリノ地方裁判所に起訴がなされたのは2009年で、第1回公判が行われたのは2009年12月、判決は2012年2月にあったという事実関係にあるから、起訴した時点ではすでに公訴時効は完成していたものと言えよう。当時の検察官グァリニェッロも当然、このことは認識していたと思われる。にもかかわらず彼が起訴に踏み切ったのは、私の推測によれば、そもそも公訴時効の開始時期は1986年ではないと考えていたか、あるいは、このように被害者が多数に上る場合には12年という期間を定めた規定は適用されないと解釈していたかであろう。
しかし、地方裁判所も高等裁判所もこのような時効についての論点があうることを十分に知りながら、検討した上で、時効の適用をしなかった。従って、起訴を決定した検察官のグァリニェッロの判断ミスだとは単純には言えないのではないか。

地裁判決の判決文では、「時効の終期」という項目で20ページに及ぶ記述があるので、とても全部を翻訳して理解することはできないが、いずれにしろ、相当なページを割いて論じていることは明らかである。ところで地裁判決をみると被告人に対して適用される条文は、以下に記載したような刑法第434条と刑法第437条だった。

第434条
 「先の条項から予想されたケース以外で、建造物の一部もしくは全部の倒壊や、その他の災害を引き起こす行為を直接におこなった者で、この事実によって公共通信施設に対して危険を生じさせた場合は、1年から5年の禁固刑に処する。
 以上の事実によって建造物倒壊あるいは、それにより災害を起こした場合は、3年から12年の禁固刑に処する。」

第437条
 「業務上の災害や事故を予防するための施設、機械あるいは標識を設置することを怠り、あるいは、それらを撤去し、もしくはそれらの使用目的を損なうような行為をした者は、6ヶ月以上から5年の禁固に処する。
以上の事実によって災害あるいは事故を引き起こした場合は、3年から10年の禁固刑に処する。」

この2つの条文には「環境」という言葉が出てこないので、本件について新聞各紙が書いているように「環境に対する罪」とはすぐには分からないが、「災害」「事故」という概念には環境破壊やそれに起因する生命の危険性なども包含されると思われる。
イタリアに限らず外国の法律を理解するのはとても難しいと思った。

弁護士 渥 美 玲 子
   
posted by 金山総合法律事務所 at 17:40| イタリアの風

2014年12月08日

トリノのアスベスト判決6

イタリアの風
            トリノのアスベスト判決6
     
いままで、2012年2月13日のトリノ地裁判決および2013年6月3日のトリノ高等裁判所の判決について書いてきたが、2014年11月19日遂に最高裁判所の判決が出された。

ところでイタリアの最高裁判所は、ローマのテベレ川河畔にあり、あの有名なサンタンジェロ城の近くにあり、ナボナ広場からウンベルトT世橋を渡ると真正面に見える。正面の壁面には大きな彫刻があり、上部に「CORTE DI CASSAZIONE」と書いてあるので、すぐに裁判所だと分かる。また建物の内部は、壁や天井までもが彫刻や絵画であふれている。日本の最高裁判所の建物とはずいぶん違うと思われる。

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最高裁の判決は、イタリア新聞各紙を見ると「すべてが取り消された。有罪判決も損害賠償も」ということで、その根拠は、「消滅時効」ということだ。日本的な表現を使えば、刑事訴訟法の公訴時効の期間が完成したということで免訴の判決が出されたということになるのだろうか。
取り消されたという判決は、被告のスイス人元経営者シュミットヘーニー氏に対する18年の禁固刑、及び被害者や自治体に対する損害賠償義務を認めたトリノ高等裁判所での判決である。
大法廷にいた被害者の家族は言い渡しが終わると「恥を知れ、不正義だ」と口々に叫び、また泣き出す人もいた。また用意していた「正義は行われた」と書いてあった横断幕に、「不」を手で付け加えた人もいた。またピエモンテ州知事は「深い義憤を感じる」と述べた。さらに首相のレンツィは「このような時効という悪夢はもう十分だ。法律を改正する必要がある」とコメントした。なお、法律改正案はすでに提案されてはいるものの、未だ上院の同意がないため、下院にて店ざらしにされていると言う。
しかしトリノ地方裁判所での第1審と、トリノ高等裁判所での第2審を担当した検察官のグアリニェッロは「諦める必要はない。有罪判決はある。被告は無罪になった訳ではない。私達は次は殺人罪で幕を開けよう」と言い、さらに石綿粉じんを吸入したことにより肺がんなどで死亡した人が2000人以上いる、と言及したという。

他方、刑務所の収監と多額の賠償義務から解放された被告のシュミットヘイニー氏は、「我々は、石綿加工について安全な方法を採用したパイオニアだった。スイス人企業家はトリノ裁判所の私に掛けられた不正義は、『陰謀の論理だ』と言っている」とし、イタリアに対し「これ以上間違った訴訟がないことを期待する」と付け加えたという。さらに同氏は、話を進め「訴訟においては法律が無視された。正しい裁判という基本が損なわれた。エテルニトが操業していたのは、わずか10年くらいの期間であるし、それどころか、この間、利益がほとんどなかった。イタリアは『石綿による大惨事』について、一人の人間だけを相手にするという訴訟を起こしたたった一つの国である」などとコメントした。

その後の新聞報道などを見ると、この最高裁判決は知識人の意見を二分したようである。

渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:12| イタリアの風