2016年12月23日

イタリアの憲法改正の国民投票 〜その2〜

          イタリアの憲法改正の国民投票〜その2〜

レンツィ首相が提案した憲法改正案はネットで公表されており、プリントアウトしたところなんとA4版で22ページになった。私の経験では、日本語をイタリア語に翻訳するとページ数が約1,5倍になるから日本語でも15ページ位にはなる長文である。
この憲法改正法律は2016年4月18日に公布されて、12月4日に国民投票というのであるから、国民が熟知する期間としては短いのではないかとの疑問があるところではある。

イタリアの憲法の条文は全部で139条あるが、今回の改正案では、国会の章の55条から始まって、57条、59条、60条、63条、64条、66条、67条、69条、70条、71条、72条、73条、74条、75条、77条、78条、79条、80条、82条、大統領の章83条、85条、86条、88条、内閣の章94条、96条、97条、99条、州・県・コムーネの章114条、116条、117条、118条、119条、120条、122条、126条、憲法保障の章135条が改正の対象になっており、統治機構全般に及んでいた。

改正の一番大きなポイントは、立法機関の「両院制」「二院制」の変更である。

二院制は世界の多数の国で採用されており、日本でも衆議院と参議院として「二院制」が採用されているのは周知のとおりである。ただ、世界の制度を比較する上で、国民の選挙によって組織される議院は通常「下院」と呼ばれ、そうでない方を「上院」と呼ぶのが普通である。そのため、ここではイタリアについても「代議院(カメラ)」を「下院」、「元老院(セナト)」を「上院」と呼称することにする。
ところで、2院の関係については、日本では両院は対等ではなく、衆議院の優越性が認められている。例えば、憲法69条では「内閣は衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」として内閣に対する信任・不信任の決議権が衆議院のみに認められているし、憲法60条では「予算はさきに衆議院に提出しなければならない」と規定されている。また法律案については憲法59条で「衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決をした法律案については、衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再び可決したときは、法律となる」とされており、同様の規定は予算の議決(60条)や条約の国会承認(61条)などについても衆議院の優越的地位が認められている。

ところがイタリアの憲法には、そのような条文が存在しない。
 例えば、70条では「立法権能は両議院が共同して行使する」と規定し、また72条では「1議院で提出された法律案は、その議院規則の定めに従い、委員会で、次いで本会議で審議される。本会議は法律案を逐条採決し、最後に法律案全体の表決を行う。」というような規定がある程度である。つまり下院と上院の間で、議決結果が異なった場合の調整規定が存在しない。
 レンツィ首相は、このことを「法律案がピンポンのようにいつまでも両院の間を行ったり来たりする。このようなシステムは世界中でイタリアにしかない。」として、まさにこのシステムが政治の決定を遅らせているとし、さらに戦後70年間に政府が63回も交代するというような不安定な政治状況を作ってきたのだと主張した。そのためレンツィ首相の提案の中心は、「完全に対等な二院制」を廃止することであった。
具体的にどのような改正案を提案したのか、一部についてではあるが、見てみたい。

イタリア憲法55条
 この条文は「第2部 共和国の組織 第1章 国会 第1節 両議院」という節の最初の条文で、現行憲法では「国会は下院と上院で構成される。国会は憲法で定める場合にのみ、両議院の議員の合同会議を開く」と規定されている。
この条文についての改正案は次のとおりだった。

「・国会は下院と上院で構成される。
 ・下院での選挙手続を定めた法律は、代表者における女性と男性の間にはバランスを促進する。
・下院の各議員はイタリアの国を代表する。
・下院は、政府との信頼関係において正当な資格者であり、政治を方針付ける権限、立法権限、政府の執行を監視する権限を行使する。
・上院は地域団体を代表し、上院と共和国の憲法上の他の団体との関係において権能を果たす。憲法により定められた手続によりそれらの事柄において立法権限に参加する。さらに国家や憲法上の他の団体とヨーロッパ連合との間における連絡をとりもつ権限を行使する。形成や規則の実行、ヨーロッパ連合の政治的な実行に対する直接的な決定に参加する。公共の政治や行政の政治的な活動を評価する。その領域におけるヨーロッパ連合の政治的な影響を確認する。法律により予測された場合について政府の権限を任命することについての意見を表明することや、国の法律の実行の確認することに対して協力する。 
・国会は憲法で定める場合にのみ両議院の議員の合同会議を開く。 」

誤訳もあると思うが、それを前提にしても、上院の権限であるところの立法権が大きく制約された存在になることは明らかである。私としては、レンツィ首相は実質的な一院制を目指していたのではないかと思う。

 イタリア憲法57条
 現行憲法では、上院の選挙方法などに関する規定であり、「州を基礎として選出される。定数は315、但し、そのうち6は海外選挙区」、などと規定されている。
 ところが、改正案は「上院は、地域の代表者からなる95議席と、大統領の任命による5議席によって構成される。」などというものだった。
つまり上院の議席数315を100に減らすが、上院議員は国民による選挙を経ないということであり、まして5議席は大統領が任命することができるというのである。
このような選出方法は国会議員の通常の選出ではないと思われる。
 
イタリア憲法60条
 この条文は議員の任期に関する規定で「下院上院の任期は5年とする」とされているが、改正案では、下院のみに適用されることになり上院の議員は、除外された。

 イタリア憲法70条
 この条文は、「第2節 法律の制定」の節の最初の条文で「立法権能は両議院が共同して行使する」と規定している。
この条文の改正案は次のとおりである。
「・以下の法律については、立法権限は下院と上院によって共同して行使される。
  憲法改正法律、憲法に関連する他の法律
   言語上の少数者を保護するもの、国民投票、71条の国民審査の別の方法に関する憲法の要求する法律の策定、
   大都市とコムーネにおける組織・選挙法・地方機関及び基礎的な権限について決定する法律とコムーネの合併を形作る基礎的な支持
   ヨーロッパ連合の政治と法律を定め及び実行することについてイタリアの参加についての一般的な規則及び方法と限界を定める法律
   憲法65条第1項によって上院の被選挙権の欠格及び兼職禁止についての決定。
   そして次の法律:57条第2項、80条第2文、114条第3項、116条第3項、117条第5項及び第9項、119条第6項、120条第2項、122条第1項、132条第2項。
   それぞれの内容により、これらの法律は廃止、当該項の規範に適応された法律によって改正もしくは委任されることができる。それは新しい法律によってのみできる。
 ・以上の以外の法律は下院によって制定される。
 ・下院によって制定された各法案は直ちに上院に回付される。
  上院は10日以内に、その議員の3分の1の要求があれば、検討するかどうか決定することができる。
 ・次の30日のうちにおいて上院は法案の修正の提案を決定することができる。
  その訂正の提案について下院が確定的に決定する。もし上院は検討を始めることを決定しない場合には、もしくは決定するための期間を徒過した場合には、または下院が最終的に確定的に決定した場合には、法律は発効する。
 ・117条第4項によって策定された法律を上院が検討することは、それを受け取ってから10日以内に決定されねばならない。その法案に関しては上院の全議席の過半数によって提案された修正案に対して、下院は全議席の過半数によって最終決定により同意しないことができる。
 ・下院によって適用されたところの81条第4項の法案は上院によって検討され、下院から与えられた日から15日以内に修正案を決定することができる。
 ・上院及び下院の議長は協議の上、それぞれの議員規則に従って、権限の問題を提起することを決定する。
 ・上院は、その規則によって予想されるところに従って、下院の活動及び資料について論評することができる。 」

誤訳は間違いなくあると思うが、この70条は、現行ではたった1行であるにもかかわらず、改正案は非常に長く、意味不明な箇所も多い。私としては、どうしてこんな冗長憲法案にしたのかと疑問に思う。

以上あげた条文の他に、多くの重要な条文が改正対象とされているが、上院から立法権限を奪ったことにより、「国権の最高機関」とも言うべき立法府の権限を半減させたことは明白であろう。
 すでに述べたようにイタリアでは大統領も内閣総理大臣も選挙による民主主義的な手続を経ないのであるから、このように実質的に一院制にすることはイタリアの民主主義にとって良いことなのか、という大きな問題をもたらすのである。

実際2016年6月頃から憲法改正案については反対意見が強くなり、否決される観測がすでに出ていた。このためもあり、中道左派の民主党の一部、中道右派のベルルスコーニなど、極左、極右、5つ星運動など幅広い層から「NO」を突きつけたのであった。

 ところで、このように二院制を廃止して、実質的に一院制を採用するという憲法改正案は、実は、レンツィ首相が初めて提案したわけではない。
2006年6月には憲法改正のための国民投票が行われたが、このときの憲法改正案は、ベルルスコーニ内閣が2003年に上院に提案し、2005年に下院で可決されたときの国民投票である。ところが2006年の総選挙で中道左派のブローディが勝利して政権交代があっため、結局、国民投票では反対が61.3%を占め、否決された。
このときベルルスコーニが提案した憲法改正案は、首長公選制などの提案もあったが、その一つが完全に対等な二院制の廃止であり、立法権限や首相との信任関係は下院のみにし、上院は州などの代表者にして国と州の関連事項の審議のみにするという案だった。これによりベルルスコーニは強い政府を作ることを目的としていたのである。
10年前に中道右派のベルルスコーニ首相が提案した「完全に対等な二院制を廃止する」という憲法改正案が、その10年後に中道左派とされるレンツィ首相によって再び提案されるという政治的状況を、どのように考えるのか、悩ましい問題である。しかし反対60%という結果を見る限りイタリア国民の民主主義についての意識にはブレがなかったと言えよう。

弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 10:14| イタリアの風

2016年12月13日

イタリアの憲法改正の国民投票〜その1〜  

          イタリアの憲法改正の国民投票〜その1〜
 
2016年12月4日、イタリアで憲法改正の是非を問う国民投票が行われた。投票率は65.47%、結果は「反対」が59.11%、「賛成」が40.89%で否決された。20州の中では、トスカーナ州、エミリア州、トレンティーノ州のみが「賛成」で、それ以外の州では「反対」が過半数を制した。
首相のマッテオ・レンツィ氏は、以前から「この投票は自分に対する信任投票であるから、もし否決されたら辞任する」と公言していたこともあり、選挙結果が明らかになった12月5日に辞任を発表した。
その後のイタリアの政局や市場については新聞報道のとおりであるが、私としては、今回レンツィ首相が政治生命を賭けた憲法改正の提案内容について、少し考えてみたい。

まず、イタリア共和国憲法(以下、単にイタリア憲法という)では、改正手続は次のようになっている。なお、イタリア憲法の訳については、「解説世界憲法集」(三省堂)を参考にした。

憲法138条
「憲法改正法律及びその他の憲法的法律は各議院において少なくとも3ヶ月の期間をおいて引き続き2回の審議をもって議決される。そして第2回目の表決においては各議院の議員の過半数によって可決される。
 前項の法律はその公布後3ヶ月以内に1議院の議員の5分の1、50万人の有権者または5つの州議会からの要求があるときは、国民投票に付される。国民投票に付された法律は有効投票の過半数で可決されない限り、審議されない。
 第1項の法律が各議院の第2回目の表決において、その議院の3分の2の多数で可決されたときは、国民投票は行われない。」

 「各議院」とは、「代議院」(下院のこと、カメラと呼ばれている)と「元老院」(上院のこと、セナトと呼ばれている)の2つの議院をさす。レンツィ首相の憲法改正案は、この条文に従って手続が進み、2016年4月12日に下院で再度可決され、4月18日に憲法改正法律として公布された。その後、憲法裁判所によって、国民投票に必要な50万人の署名が有効であると認められた。
ところで、今回の投票はあくまでも憲法改正の是非を問うものであったにもかかわらず、レンツィ首相は「自分に対する信任投票だ」と位置づけたが、なぜ、その必要があるかは、日本人には少し分からないところがあったように思う。

日本の首相つまり内閣総理大臣は、日本国憲法67条で「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」と規定され、またその他の大臣については憲法68条で「内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は国会議員の中なら選ばなければならない。」とされている。
 このような内閣と国会に関する制度は「議院内閣制」と言われ、「権力分立の要請にもとづいて行政権と立法権をいちおう分離したのちに、さらに民主主義の要請にもとづいて行政権を民主的にコントロールするために設けられた制度であって、ここでは自由主義の原理と民主主義の原理が交わっている。議院内閣制とは国会と内閣との関係において国会に内閣の存立を左右するほどの優位が認められ、内閣の成立と存続とが、国会の意思に依存せしめられている制度をいう」とされる(憲法T 清宮四郎)。

ところがイタリアの首相はこのような選任手続を経ない。
 イタリア憲法92条では、「大統領は内閣総理大臣を任命し、さらにその提案に基づき各大臣を任命する」と規定しているが、イタリアにおける大統領は、例えばアメリカ合衆国におけるように国民の選挙によって選任されるものではない。
 イタリア憲法83条では「大統領は国会議員の合同会議において選挙される。」と規定し、しかも大統領の被選挙権についてイタリア憲法84条では、「50歳に達し、市民権および参政権を有するすべての市民は大統領に選挙されることができる」と規定しており、国会議員であることを要件とはしていない。
大統領から任命された後については、イタリア憲法94条では「政府は両議院の信任を有しなければならない。政府は成立後10日以内に両議院に対して信任を求めなければならない。政府の提案に対する1議院または両議院の反対表決は政府の辞職の義務を伴うものではない。」との規定があるが、国会との関係は薄く、民主主義的性格は弱いものと言わなければならないだろう。
 つまり、イタリアの内閣総理大臣は、国民から選挙されることのない大統領から任命されるだけの存在なのであるから、国民の信任がないままで就任するのである。国民からみれば、国会議員を選挙で選ぶ機会が保証されているに過ぎず、その後、誰が大統領になるか、誰が内閣総理大臣になるかは、まったく関知しないところで決定されるのである。イタリア国民とすれば「レンツィ?それ誰?」という感覚なのであろう。ちなみに、レンツィ氏は2014年2月にナポリターノ大統領から任命された当時、フィレンツェ市長で、中道左派民主党の書記長だった。

さらに日本の首相とイタリアの首相とは大きな違いがある。
日本では内閣総理大臣は慣例上、衆議院議員である。衆議院議員の任期は憲法45条で「衆議院議員の任期は4年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間満了前に修了する」と規定されているから、長くても4年後には任期満了に基づく総選挙によって国民の信を問い直すことになる。また、内閣総理大臣が国政における重要課題について国民に信を問う場合には、憲法7条および69条により衆議院を解散することができるから、解散総選挙により国民の信を問うことになる。
他方、イタリアでは内閣総理大臣の任期も国会の解散権もないので、国民の信を問う機会がない。そのため行政の長として、国政の重要課題について国民の信を問う手段としては「国民投票」という方法しかない。イタリアでは頻繁に国民投票がおこなわれるが、その制度上の背景は上記のようなものと思われる。このためイタリアの国民投票制度は、「おうおうにして対立する政党間の政争や駆け引きの場になる」と言われている。
なお、国会に対して解散を求めることが可能なのは、内閣総理大臣ではなく、大統領であって、イタリア憲法88条には「大統領は、その議長の意見を聞いて、両議院またはその1議院のみを解散することができる。大統領は、その任期の最後の6ヶ月間は、前項の権能を行使することができない」と規定されている。

今回のレンツィ首相の憲法改正案には、国会の権能を弱くする提案があるが、まさにそのことが、国民の選挙による信任を得ずに首相になった者に対する不信感として表れたのではないかと思う。ただし、レンツィ首相が敗北したとはいえ、40%の支持を得たという事実も見逃すことはできないのであって、今後のイタリアの状況は予断を許さない。
                                              以 上
                            弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 12:43| イタリアの風

2015年07月21日

トリノ アスベスト判決(10)

トリノ アスベスト判決(10)

私は、2015年6月27日と28日、尼崎市中小企業センターで開催された「クボタショックから10年、アスベスト被害の救済と根絶をめざす尼崎集会」に参加しました。主催者は「中皮腫・アスベスト疾患 患者と家族の会/尼崎労働者安全姿勢センター」です。
参加者は、予想の会場定員の200人をはるかに超え、270人となり、かつ各報道関係者も来ており熱気がむんむんしていました。
 この初日、イタリアのカザーレ・モンフェラートのアスベスト被害とその家族の協会(AFeVA)の幹部の方3人も来日していました。
その中で、1979年から1994年までCGIL労働組合(カザーレモンフェラート地区事務所)の書記長をし、1988年からAFeVAの相談役をしているブルーノ・ペシェさんも発言しました。その日の夕刻、直接ブルーノさんにお目にかかった際、ブルーノさんの発言内容のメモをいただき、私が翻訳し発表するという許可を得ました。
この発言から、イタリアで被害者が2000人とも3000人とも言われ、世界最大の訴訟を起こした、この「AFeVA」の大きな闘いを少し垣間見ることができると思いましたので、紹介します。誤訳などあると思いますが、ご容赦下さい。
なお、文中の「古谷杉カさん」とは石綿対策全国連絡会議の事務局長として精力的に世界中を飛び回っている頼もしい方です。
2015年7月21日 弁護士 渥 美 玲 子

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   ブルーノ・ペシェさんの挨拶

皆さんに私達の協会、私達の患者とその家族、そして私達の代表者であるロマーナ・ブラソッティ・パベージからの挨拶を申し上げます。

まず、皆さんには、私達を招待していただき、また最高の歓待をして下さったことに感謝します。私達の友人古谷杉カさんに感謝します。彼とは昨年11月19日に最高裁判所の判決のときにすでにお目に掛かっておりますが、その判決は、非常に不正義に満ちていました。つまり、多国籍企業のエテルニトの最後の経営者だったシュテファン・シュミッダイニに対して故意による環境破壊罪が時効消滅したとの言い渡しがあったのです。
 判決のあった日以降、カザーレで、親愛なる杉カ、あなたは、私達と共にいました。諸協会の国際会議の場、被害者や住民、地方や洲の行政機関などと一緒に行うデモの場にいましたね。それらの場所では、最高裁の判決に対し断固たる異議を述べ、さらに引き続き正義を求める闘い、各地でのアスベスト除去を求める闘い、さらには健康と中皮腫に的を絞った医学的研究のための闘いを続けることを約束したのです。

正義
最高裁の判決は、それまでトリノ裁判所での1審、2審の有罪判決をすべてゼロにするというものでした。これらの判決はシュミッダハイニとルイ・ドゥ・カルティエ男爵に16年の禁固を宣告し、なおその後、2審では18年の禁固に増えましたが、それらが時効消滅したというのです。この判決は、私達にとってはあまりにも不正義でした。なぜならば、今でも災害は進行中で、カザーレには4万5000人の住民がいますが、このカザーレだけでも毎年50人以上の中皮腫の患者がでています。その50人のうち約80%は環境曝露による市民とみなされています。

この判決は、カザーレ・モンフエラート、カバニョロ、ルビエラ、ナポリで約3000人の犠牲者を出した甚大な災害、そして何億エウロという健康と環境に対する被害を、無いものとして消してしまったのです。
この判決以降、私達は、労働組合機関、カザーレとカバニョロなどの市長、さらに政府や国会、最高司法官評議会などの高い地位の人達と面会しました。

首相のマッテオ・レンツィは、殺人罪の新しい裁判にイタリア政府が裁判の民事の分野に被害者として参加するということを約束し、その後本当に実行しました。この新しい裁判は、258人の死亡者、そのうち市民の多数が占めていますが、現在予審手続に付され、7月14日正式裁判として移行するかどうかが決定されます。
それでこの新しい裁判の見通しについては、政府が、活動や調整としての役割を積極的に展開し、刑事裁判だけでなく民事裁判においても、正義と損害賠償義務を勝ち取るために主導権を発揮することを約束するよう強く要求しました。
被害者を孤立させるべきではありません。彼らは、世界中を回ってスイス人の百万長者の金を追いかけるという能力はありません。いずれにしろ政府はまず始めに、洪水や大災害による被害だけではなく、何十年間も続く重大な罪によって被害を受けた市民の保護をするべきです。

石綿被害の全国基金
私達は環境災害による被害者や家族をも保護する全国基金設立を強く求めてきました。1989年には石綿を禁止する法律を求める闘いが始り、1992年には施行されたのですが、基金についての規定はありませんでした。イタリアでも中皮腫は増加傾向にあり、1年で1500人を超える被害者がでています。しかしこのうちINAILが労働によって発生したと認めたのは半分以下です。
最近創設された基金の現在の活動は、職業上の被害者に対するINAILの手当を増額させたということです。今日では政令、省令などの通知と共に、「職業上」(もちろんこれも大切です)という壁を乗り越えることができるのです。しかし私達は、もしも、みんなが平等ではないとすると、石綿に曝露された大多数の人々との間に、環境曝露の被害者との差別が未だに生じるという一部にしか認められないことを恐れています。

除去
前述したように政府の長と面会して、私達は大きな喜びとともに除去に必要な新たな財政的援助について確認しました。すでに約6500万エウロが3年間にカザーレとモンフエラートにある47の小さな自治体のSIN(国内の重要な除去箇所)に対して支払われると発表されています。
必要なことの第1は、SINのすべてについて除去するという計画を作成しさらに推進するためには、財政支出の期限厳守を約束させることです。
カザーレでは公共施設についてはすでに除去されています。個人の建物については、除去したりあるいは屋根の葺き替えなど代替品に替えるための費用の50%については補助金があります。使用が禁止された違法な石綿の除去については、補助金はその費用の100%が支給されます。

次に重要なことは、力のある団体と行政機関がお互いに助け合うことです。安全性をチェックする方法とともに、さらに除去の範囲を広げることです。
この私達の闘いのおかげで除去の一般的なレベルを具体的に指示することができるようになりました。国内の補助金を増額することと、州などの地域のレベルにおいて統計調査を広くおこなうこと、アスベストを除去した物質を自治体の廃棄施設などで処分することなど自治体が回収する行政サービスを増やすこと、このことによって合法性、安全性、計画作成などのために、公共施設や学校などを優先的に始めることも重要です。

健康と研究
私達の地域では、長年要求していたことも実現しました。それはUFIM(カザーレとアレッサンドリアにある病院内の中皮腫企業間活動共同体)で、データ処理に貢献した人や中皮腫の病理研究のため検体を保管する銀行を運営をする人などによる、トリノ大学で共同研究をしている優秀な14のセンターのネットによる研究です。なお、ここの腫瘍学のスカッリョット教授はUFIMに所属する教授です。

協会の国際連帯
世界中のアスベストを禁止する法律を制定するために主導権を持つよう、すべての行政機関に要求すること、そして相互協力や闘いは必要です。この地球の約70%では、石綿は採掘され、未だに使用されています。10万人の労働者や市民が死亡するとされています。
 国際機関は、石綿による緊急事態に対して目を閉じることは出来ませんから、まずはロッテルダム条約についての闘い続けましょう。ロッテルダム条約の危険有害物質の中に「石綿」を加えるという要求があったが、最近も、拒否されたからです。

皆様に感謝します。
 皆様とあなた方の国の石綿被害者の全員に連帯の抱擁をします。さらにここにいるエリック、そしてベルギーの協会に挨拶をします
連帯万歳、そして正義や石綿被害者に対するを勝ち取るための国際的な闘い万歳。

以 上
posted by 金山総合法律事務所 at 18:27| イタリアの風

2015年02月12日

イタリア題材の漫画

イタリアの風
         イタリア題材の漫画

実は私は結構漫画が好きだが、イタリア語に接するようになってから、イタリアの文化や歴史を題材にした漫画に注目することが多くなった。とは言ってもたまに立ち寄る書店で探して、膨大な種類と数の漫画の中から偶然目に飛び込んだものに過ぎないが、それでもいくつか見つけたので、紹介しよう。

1,テルマエロマエ @〜E(ヤマザキマリ エンターブレイン社)
この漫画は映画化されて更にヒットしたものである。古代ローマのハドリアヌス帝が治めていた頃(在位117年〜138年)の物語で、主人公の建築技師ルシウス・クイントス・モデストゥスがさまざまな浴場を考案し建築する。古代ローマの建物はローマやナポリなどイタリアのあちこちで見ることができるが、まるで、その時代に生きているかのように、建物、衣服、食べ物など生活の状況を具体的に感じることができる。
 なお当時は現代イタリア語ではなくラテン語が使用されていたので、この漫画の中にはラテン語で書かれている箇所がいくつかある。またこの漫画のイタリア語版は日本でも入手可能だが、読んでみると、イタリア語版では「ルシウス」ではなく現代呼称の「ルーチョ」である。
ちなみに私は、著者が「平たい顔族」(FACCIA PIATTA)という言葉を発明したことに敬意を表している。数年前あるイタリア人が優しく私の顔を見つめていたが、突然右手をパッと広げて私の顔に当て、「ねえ、れいこ、鼻はどこにあるの」と微笑んで聞いた。そのとき私はなんと答えたか記憶にないが、今なら言える。「私は平たい顔族よ、それが何か?」

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2,プリニウス @A(ヤマザキマリ とり・みき 新潮社)
この漫画はネロ帝の頃(在位54年〜68年)の古代ローマを扱ったもの。実在の人物である博物学者のガイウス・プリニウス・セクンドゥス(23年〜79年)が主人公である。実は恥ずかしながら、私はこの人物のことを知らなかったので、とてもためになる。というよりラテン語表記はもちろん、プリニウスについての著者の博識について行けず、注釈だけでは理解できない場面も多く、私の探求心をそそっている。そういう困難もまた楽しい。そのうち私も「シキリア」の「マグナ・グラエキア」に行って「サウルス シス」と挨拶し「パニス クアドーラトゥス」を食べながら「チェトラ」を聞き、「タブリウム」で「アイソーポス」とか「ゲルマニア戦記」を読むという生活をするかもしれない。
実は最近「イタリアチーズの故郷を訪ねて〜歴史あるチーズを守る」(本間るみ子)という本を偶然購入したら、なんと「学者プリニウスもこのチーズの前身を言われるブロッテロの品質について書き残しているくらいである」とか「大プリニウスは著書『博物誌』に当時のシチリアのチーズの美味しさを書き残している」と書かれていた。
もしかしてイタリアに精通している人にとってプリニウスは知識として当然のことなのかもしれない。おそるべし「プリニウス」。

3,アド・アストラ〜スキピオとハンニバル〜 @〜E (カガノミハチ 集英社)
昔世界史で勉強した「第2ポエニ戦争」(紀元前218年〜201年)を題材とした漫画。カルタゴの名将ハンニバル・バルカ(紀元前247年〜183年)が当時共和制を敷いていたローマを相手に戦略戦術を駆使し、アルプス越えをし、トレビア川の闘いなど繰り広げる物語である。これにブブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル(紀元前236年〜183年)が対抗する物語で、横山光輝の「三国志」に似たおもしろさがある。ハンニバルはローマにとっては敵将なので、イタリアでは好意的に評価されてはいないとの意見もあるが、彼はアルプスからシチリアまでイタリア半島を縦断しているので、現在のイタリア人の血にはフェニキア人の血も入っていると思う。
題名の「アド・アストラ」とは「ペル アスペラ アド アストラ」(PER ASPERA AD ASTRA」というラテン語から取ったもので、意味は「困難を通じて天へ」というカッコ良いもの。塩野七生の本(ローマ人の物語・ハンニバル戦記)を読みたくなる。
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4,チェーザレ〜破壊の創造者 @〜J(惣領冬美 講談社)
フィレンツェのメディチ家が一番政治的勢力を持ち、ルネッサンスの花が開いた時代のことである。イタリア半島がいまだ国家として統一されず、ミラノ公国、フィレンツェ共和国、ナポリ王国など多数の国に分かれ、それぞれ覇権を争っている政治状況は、日本の戦国時代を彷彿させるが、さらに教皇との権力争い、国境を接するフランスやスペインなどの外国の連携を巡って政治的思惑が絡む。
 このような状況の中、貴族であるチェーザレ・ボルジア(1475年〜1507年)が主人公になって、権力獲得のため様々な策略を繰り出している。チェーザレ・ボルジアは、あの有名なニッコロ・マキャベリの書いた君主論では、「見習うべき君主」として論述され、冷酷無比な政治家としてイタリア人にはあまり人気がないと聞く。しかし、この漫画は時代考証も良くなされており、イタリアの歴史や芸術を理解するためには十分におもしろくまた参考になる。著者はまた違った側面のチェーザレを見せてくれるに違いない。
 なお、チェーザレの属するボルジア家はスペイン・バレンシアの出身なので、漫画にはスペイン語も出てくる。

5,カンタレラ @〜K(氷栗 優 秋田書店)
この漫画もチェーザレ・ボルジアを主人公としているが、「父ロドリゴの策略で法王の地位と引き換えに、生まれたと同時に魔に売られた」という非常にファンタジックな物語である。標題の「カンタレラ」とはボルジア家が暗殺に用いた毒薬を指すとされるが、他方、主人公のチェーザレ自身の体も魔の力に侵されて行く。
ところでイタリアのルネッサンス時代と言えば、有名有能な人物が多士済々であり、漫画の主人公には事欠かないと思われるが、なぜチェーザレがこのように漫画の主人公になるか、私には大変不思議だ。一説によればチェーザレは非常に美男子だったというから、漫画の素材にふさわしかったのだろうか。ちなみに「イタリアはイケメンが世界一多い国」らしい。真偽のほどは不明だ。
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6,アルテ @A (大久保 圭 徳間書店)
16世紀初頭、ルネサンスの発祥の地フィレンツェで芸術が花開いた頃、女性の主人公アルテ・スパレッティが貴族の階級に属しながらも男性に依存しないで働くことの大切さにめざめ、大好きな絵画を人生の中心とするために世間に飛び出して生き抜いてゆく物語である。
当時のフレンツェの街が生き生きと描かれているばかりでなく、建物、道、衣服、料理など時代考証されていると思う。また当時の女性のおかれた立場や職業に対する考え方なども「女は家にいて主人の言うことを良く聞き、子供を産み育てる・・それが仕事。自由のない籠の鳥であった」などと説明されている。主人公が芸術家として大成するには本当に難しい時代だと思うが、応援したい。
 ちなみに、弁護士という資格も旧弁護士法が施行された1893年当時は、男子に限定されていた。つまり女性は弁護士資格から排除されていたのである。女性弁護士を認める弁護士法が施行されたのは、1936年だったという。

7,絵画修復家キアラ @A(たまい まきこ ぶんか社)
こちらの漫画は絵を描く方ではなく、絵画を修復する専門家キアラ・ジェンティレスキが主人公。時代は16世紀後半、キアラは伯爵家の8女、12歳、天才という設定。
キアラは修復家であるから、フレスコ画の説明はもちろん、「フレスコ皮膜切離(ディスタッコ・アストラッポdistacco a strappo)」という修復法まで書いてくれているので、とても勉強になる。とは言っても私にはまったく分からないが・・。
修復といえば近年、ミケランジェロのシスティナ礼拝堂の天井画や「最後の審判」、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」などが修復され当時の鮮やかな色を取り戻したことで話題になっている。また、2014年11月には日本の和紙(石州半紙、本美濃紙、細川紙)が日本の手漉き和紙技術として世界無形文化遺産に登録され、この和紙が絵画の修復に有効だと言われている。
 絵画の修復は、描かれた国や時代、手法などの違いにより、おそらく非常に膨大な知識や高度な技術を要すると思うが、このような知識をこの漫画は与えてくれる。
 なお、この漫画でも「最近プルニウスの博物誌を手に入れて、画材などはそこから調べています」と言われ、「あんな稀少本を手に入れるなんて・・」とキアラが驚く場面がある。やはりプリニウスおそるべし! 著者おそるべし!
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                                2015年2月12日 渥美玲子
以 上
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2015年01月06日

トリノ アスベスト判決9

            トリノ アスベスト判決 9

先回は、トリノ地裁判決を少しみてみたが、実は同じような裁判が日本でもあり、まさに公訴時効が争われた。それは熊本県水俣の水俣病のケースだった。

1988年(昭和63年)2月29日最高裁判所第2小法廷は、要旨「刑事訴訟法253条1項にいう犯罪行為には刑法各本条所定の結果も含まれる」とする判決を出した。
この事件は水俣病という日本の歴史に残る最大級の公害に関するもので、企業責任者の刑事責任を認めた最初の判決である。

被告人は2人で、1958年(昭和33年)から1964年(昭和39年)まで新日本窒素肥料株式会社の代表取締役にあった者と、1957年(昭和32年)から1960年(昭和35年)まで同社の水俣工場の工場長の職にあった者である。また被害としては7人の死傷者に関して問題とされた。
 同社の熊本県の水俣工場では、かねてより工場廃水を水俣湾に排出していたが、この湾の魚介類を食べていた周辺住民のあいだに原因不明の病気が発生し、1956年(昭和31年)5月にはいわゆる「水俣病」として社会問題になっていた。
 1958年(昭和33年)7月には厚生省の調査によって工場廃水の中に水俣病の原因物質が含まれていることが判明し、それは被告人らの認識するところとなった。従って本来被告人らにはこの工場廃水を水俣湾に排出しない措置を取るべき業務上の注意義務を負うことになった。しかしながら被告人らはこの注意義務を怠り、1958年(昭和33年)9月から1960年(昭和35年)6月頃まで漫然と工場廃水を排出し続けたのである。この工場ではアセトアルデヒド製造工程において発生した塩化メチル水銀が工場廃水に含まれており、このような工場廃水が水俣湾に流出することにより同湾の魚介類が塩化メチル水銀に汚染され蓄積され、これを食べた住民に水俣病が発症した。その主な症状は中毒性中枢神経疾患であり、四肢末端などの感覚障害、運動失調、視野狭窄、聴力障害、言語障害、振戦などがあるとされている。
水俣病は英語で「Minamata Disease」と呼ばれ、公害の原点として、特に水銀汚染による公害として世界に知られている。水俣病による被害者数は数万人と言われており、発生からすでに60年以上経った現在でも解決していない。

 この2人が1976年(昭和51年)5月に刑法211条の業務上過失致死傷罪で起訴された。本条は「業務上必要なる注意を怠り、よって人を死傷に至らしめたる」行為に関するものであるが、「業務」とは「人が社会生活を維持する上で、反復継続して従事する仕事」をさすと言われている。なお、同じ「業務上」という概念であっても、労働基準法75条にいう「業務上」は労働者の労働に関係する概念なので若干意味を異にする。
 その後、1979年(昭和54年)3月には熊本地方裁判所で判決がだされ、1982年(昭和57年)9月には福岡高等裁判所で判決がだされ、さらに上告されたため、1988年(昭和63年)2月に最高裁判所の判決となったものである。
この訴訟ではいろいろな論点があるが、公訴時効に絞ってみてみる。

 起訴は1976年(昭和51年)だったが、このときすでに7人のうち6人が死亡していた。具体的には、6人のうち4人が1959年(昭和34年)に死亡し、1人は1971年(昭和46年)に、もう1人は1973年(昭和48年)に死亡していた。ところでこの訴訟では犯罪の実行行為が1960年(昭和35年)までだったことから、現行の刑法211条ではなく、1968年(昭和43年)に改定される前の旧法の「3年以下の禁固または1000円以下の罰金に処する」の規定が適用されたため、公訴時効期間は3年とされていた。

第1審の熊本地方裁判所は、公訴時効の起算点について「これを実行行為の終了時とすると解すると、未遂犯を処罰する規定のない場合の結果犯については、結果が発生しないうちに公訴時効が完成してしまって、公訴の提起ができない場合が生じることになり不合理な結果を招くことになる」とした。2人の被告人について犯罪行為の実行行為の終了は昭和35年8月から3年を経過した昭和38年8月に時効が完成するところ、7人の被害者のうち昭和35年までに死亡したり傷害(胎児性障害)をもった5名については消滅時効が完成したものとして免訴をおこない、昭和46年、昭和48年に死亡した2人について禁固2年執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。これに対し被告人両名は控訴したが、福岡高等裁判所は控訴棄却した。

被告人らが上告したため最高裁判所に係属したが、最高裁判決は、特に1960年(昭和35年)8月に胎児性障害をもって出生し、1973年(昭和48年)6月に死亡した被害者Gにつき、このように述べた。
「確かに出生から死亡までの間に12年9ヶ月という長年月が経過している。しかし公訴時効の起算点に関する刑訴法253条1項にいう『犯罪行為』とは、刑法各本条所定の結果を含む趣旨と解するのが相当であるから、Gを被害者とする業務上過失致死罪の公訴時効は当該犯罪の終了時であるGの死亡の時点から進行を開始するのであって、出生時に同人を被害者とする業務上過失傷害罪が成立したか否か、そして、その後の同罪の公訴時効期間が経過したか否かは、前記業務上過失致死罪の公訴時効完成の有無を判定するにあたっては、格別の意義を有しないものというべきである。従って、G死亡の時点から起算して公訴時効期間が満了する前の1976年(昭和51年)5月4日に公訴が提起されている本件業務上過失致死罪につき、その公訴時効の完成を否定した原判断の結論は正当である」として熊本地方裁判所の結論を認めた。
 なお、本件では、公訴時効についての論点以外に憲法37条1項の「すべて刑事事件においては、被告人は裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」という規定に違反しているか否かも争点となったが、最高裁は「本件公訴提起が事件発生から相当の長年月を経過した後になされていることは被告人弁護人の指摘のとおりであるが、本件が複雑な過程を経て発生した未曾有の公害事犯であって、事案の解明に格別な困難があったこと等の特殊事情に照らすと、いまだ公訴提起の遅延が著しいとまでは認められない」との意見を述べた。今や、生活のすみずみに至る迄、私達の知らない化学物質が入り込んでいる。現在、原因不明といわれる難病は数多くあるが、これらの原因物質などが科学的に解明されるためには、長年月がかかるのかもしれない。

余談であるが、熊本地裁判決の判決文に「イタリア」という言葉があったのに気がついた。「日本窒素肥料株式会社は、1921年(大正10年)12月にはイタリアのカザレー式アンモニア合成法の特許実施権を買収し、宮崎県延岡工場において合成アンモニアの工業化に成功し、1925年(大正14年)には水俣にも同法による合成アンモニア及び硫安工場を建設し、カザレー式による低コストのアンモニア、硫安を製造し、硫安業界に確固たる地位を築くようになった」とある。イタリアは古くから工業先進国でもあったのだ。なお、宮崎県延岡市にある旭化成の工場敷地内には「カザレー式アンモニア合成塔」が展示されているという。

2015年1月16日 弁護士 渥 美 玲 子

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トリノ アスベスト判決 8

            トリノ アスベスト判決 8

2012年2月のトリノ地裁判決では、刑法第434条と刑法第437条の2つについて消滅時効を認めなかったが、できる限り、その理由を見てみたい。

ところで前提問題として消滅時効に関するイタリア刑法をみてみよう。
時効期間について、刑法157条で「時効は、法律で定められた刑罰の最高刑に合致する期間に対応して犯罪行為を消滅させる。そして刑法犯に対しては6年以下の期間、犯則及び罰金刑に対しては4年以下の期間に対応する」としている。今回、最高裁の検察官が12年間で時効消滅したと判断したのは、刑法434条2項の最高刑が禁固刑12年だったからだと推測できる。
 ちなみに、日本の刑事法では、時効には「刑の時効」と「公訴の時効」の2種類があり、「刑の時効」は刑法第31条で「刑の言い渡しを受けた者は時効によってその執行の免除を受ける」と規定されており、他方「公訴の時効」については刑事訴訟法第250条で「公訴時効の期間」という標題の下で規定されているから、上記のイタリア刑法157条の時効とは、日本で言えば、公訴時効を指すと解釈することができよう。同じような規定が日本では刑事訴訟法に規定され、イタリアでは刑法で規定されているが、この違いは無視できないかもしれない。
さらに時効の起算点については、イタリア刑法158条1項で「時効の終期は、既遂犯においては既遂になった日から始まり、未遂犯においてはその犯罪行為が終了した日から始まり、継続犯については継続行為が終了した日から始まる」と規定されている。他方、日本の刑事訴訟法第253条では、公訴時効の起算点について、「時効は犯罪行為が終わった時から進行する」という規定になっている。

さてトリノ地裁判決では、まず先に、業務上の災害や事故を予防義務違反に関する第437条について検討されている。
判決は、本条の第1項「業務上の災害や事故を予防するための施設や機械あるいは標識を設置することを怠り、それらを撤去し、もしくはそれらの使用目的を損なうような行為をした者は6ヶ月以上5年の禁固に処する」という規定ではなく、第2項「以上の事実によって災害あるいは事故を引き起こした場合は、3年から10年の禁固に処する」という規定について検討しているが、結論としては、消滅時効は完成しておらず、よって被告人は2項に定めた刑に処せられるとした。その理由の一部分をみると次のようである。

「437条第2項に規定されている問題の罪は自立性、独立性を有しており、時効は完成していないと考えている。それは発生した事実を確認したときから進行するとすべきであり、行為が行われた時から進行するためすでに時効は完成しているという反対の意見があったとしてもである。しかし当裁判所にとっての以上のような問題は、正しくない。それどころか、(以上の事実によって災害あるいは事故を引き起こしたという第2項に規定されている)加重事実の確認は、刑法158条第1項にかかる罪についての時効が完成する目的において無視されるべきではなく、437条2項について考えれられるこのケースにおいて結論を述べるためには、同条第1項にで規定された罪についての諸事情を考慮しなければならないので、時効の完成の計算は、被告人の立場役割に対して不利な結果をもたらす筈である。」とした。
 そして、「当裁判所は、437条2項には罪としては独立していると考え、それ故、時効完成の計算の終期については、様々な罪を消滅するに必要な時間が検討されなければならない。」とした。
さらに判決は不治の病や潜伏期間の長い疾病に関する裁判例について検討した後、「実際、このような従来の型にはないケース、つまり行為が遂行された後に長期間経過してのちに事件が確認されるというケースがありうることは、1930年の立法者にとっては、予想できなかった。」として条文の解釈について、柔軟な態度を示した。
「あるケースにおいて、さらに罪状の重いことを確認した時に、特にいくつかの疾病に関して、その罪がすでに時効で消滅していたということが、我々には実際あり得る。例えば悪性胸膜中皮腫は石綿粉じんに暴露されてから数十年という期間後に明らかになる。そして、その疾病が病理学によって成り立ったとき、刑法第437条に規定された罪は常に時効に掛かるという結論になるだろうことに気がつくであろう。」と述べた。

次に第434条について見てみよう。この条文は公共の安全に損害を与えることに関する規定であるようだ。
 もう一度条文を見てみよう。
「先の条項から予想されたケース以外で、建造物の一部もしくは全部の倒壊や、その他の災害を引き起こす行為を直接におこなった者で、この事実によって公共通信施設に対して危険を生じさせた場合は、1年から5年の禁固刑に処する。以上の事実によって建造物倒壊あるいは、それにより災害を起こした場合は、3年から12年の禁固刑に処する。」

判決では、まずこの条文の第1項にある「その他の災害」について、「立法者は、大虐殺、火事、洪水、山崩れあるいは雪崩、遭難、飛行機事故、鉄道事故、更に、運送・発電所・ガスの施設や公共通信施設などの安全に対する侵害などについて規定したばかりでなく、これら災害についての危険、まだ命名されていない危険についてもその処罰可能性を強調したのだ。」としている。つまり、この「その他の災害」は条文には具体的には書かれていなくて明確な形になってはいないが、そのようなものを含むと解釈した。

さらに「検察官は、最高裁判所の2007年の4675号判決によって評価されたことからヒントを得て、犯罪行為の事実よりも、犯罪者の行為を重視した。未だに継続しているが故に、罪は未だ完成したとは評価することはできないと考えている。」と検察官の意見を紹介した。その上で、「何回か引用されている最高裁判所の二つの災害類型を明確にしたマルゲラ港の石油化学に関する判決についてである。つまり建物の倒壊のように瞬間的に生じる災害と、非常に長い期間をかけて進展する災害、例えば不特定多数の人が生活環境及び労働環境において発がん性物質に曝露されたままでいるというような災害の二つの類型である。」といたうえ、この判決には「2番目の類型のケースにおいては災害についての罪は継続するという本質を有する、それ故、災害という事実が継続している間は時効は進行しない。しかし当然のことながら、災害の事実が犯罪者の継続する行為の効果が発生するための時間において継続しているという条件が必要である。それ故、刑法158条第1項のために、時効の終期は継続犯については、継続する行為が終了した日から時効は進行するのであって、このような終期は災害という事実が犯罪者の行為の効果のために継続している間は進行しない。」とした。

ところで、引用したトリノ地裁判決が引用したポルトマルゲラ訴訟にあるマルゲラ港は、ヴェネツィア島の陸側にある工場地帯で、おそらく石油コンビナートかと思われるが、ここには、たくさんの石油備蓄のタンクがあり、石油精製工場が立ち並んでいる。そのためベネタ湾の水質汚染や地盤沈下の元凶ともされている場所でもある。

以上、トリノ地裁は、刑法第437条及び刑法第434条について、いずれも犯罪行為自体は終了しても犯罪行為の結果が確認されるまでは時効は進行しないという結論を出したのである。

弁護士 渥 美 玲 子
   
posted by 金山総合法律事務所 at 14:11| イタリアの風

2014年12月09日

トリノのアスベスト判決 7

イタリアの風
            トリノ アスベスト判決 7

 2014年11月19日の最高裁判所の判決は、イタリアの新聞各紙によれば、消滅時効を根拠にして、有罪判決も損害賠償もすべてを取り消した、ということである。

この記事を書いている2014年12月5日の段階では、私は最高裁判所の判決文を見ることができないので、判決理由の正確で詳細な事実は私には分からない。
実はイタリアでは判決文は判決言渡しの直近の日に交付されるわけではない。日本であれば言渡しの数日後には判決理由も書かれた裁判書の謄本をもらうことができるが、イタリアではそうでもない。例えば、トリノ地方裁判所の判決は2012年2月13日だったが、その判決理由が書かれている判決書が交付されたのは5月頃だったし、トリノ高等裁判所での判決は2013年6月3日だったが、判決理由が書かれている判決書が交付されたのは9月頃だった。従って、イタリアでは判決があった日から通常3ヶ月くらいでようやく判決理由の詳細が分かるということである。

新聞各紙によれば、最高裁判所では、検事総長が公訴の消滅時効について、2012年の地裁判決時にはすでに完成していたかどうかについて明確にするよう主張したとしており、また最高裁判所の副検事であるフランチェスコ ヤコビエッロも、故意による環境破壊罪について消滅時効が完成しているかどうかを明確にするよう求め、「裁判官は法律と公正の狭間にいるが常に法律に従う義務を負う。しかしこのケースでは法律と公正は反対の道を進んでしまった。」と述べたという。
 なお、第1審及び第2審ではグァリニェッロが検察官として審理に関与していたが、最高裁判所では担当しなかったという。また、同じ検察官の立場にありながら、最高裁の検察官がグァリニェッロの意見と異なる論告をしたのは一体何故か、不明である。

ところで被害者側の弁護士が説明したところによれば、検察官の主張は「環境破壊の罪の公訴期間は12年であり、このケースに当てはめれば、エテルニトが破産した1986年に消滅時効が始まり、12年後の1998年に時効が完成した」というものである。
トリノ地方裁判所に起訴がなされたのは2009年で、第1回公判が行われたのは2009年12月、判決は2012年2月にあったという事実関係にあるから、起訴した時点ではすでに公訴時効は完成していたものと言えよう。当時の検察官グァリニェッロも当然、このことは認識していたと思われる。にもかかわらず彼が起訴に踏み切ったのは、私の推測によれば、そもそも公訴時効の開始時期は1986年ではないと考えていたか、あるいは、このように被害者が多数に上る場合には12年という期間を定めた規定は適用されないと解釈していたかであろう。
しかし、地方裁判所も高等裁判所もこのような時効についての論点があうることを十分に知りながら、検討した上で、時効の適用をしなかった。従って、起訴を決定した検察官のグァリニェッロの判断ミスだとは単純には言えないのではないか。

地裁判決の判決文では、「時効の終期」という項目で20ページに及ぶ記述があるので、とても全部を翻訳して理解することはできないが、いずれにしろ、相当なページを割いて論じていることは明らかである。ところで地裁判決をみると被告人に対して適用される条文は、以下に記載したような刑法第434条と刑法第437条だった。

第434条
 「先の条項から予想されたケース以外で、建造物の一部もしくは全部の倒壊や、その他の災害を引き起こす行為を直接におこなった者で、この事実によって公共通信施設に対して危険を生じさせた場合は、1年から5年の禁固刑に処する。
 以上の事実によって建造物倒壊あるいは、それにより災害を起こした場合は、3年から12年の禁固刑に処する。」

第437条
 「業務上の災害や事故を予防するための施設、機械あるいは標識を設置することを怠り、あるいは、それらを撤去し、もしくはそれらの使用目的を損なうような行為をした者は、6ヶ月以上から5年の禁固に処する。
以上の事実によって災害あるいは事故を引き起こした場合は、3年から10年の禁固刑に処する。」

この2つの条文には「環境」という言葉が出てこないので、本件について新聞各紙が書いているように「環境に対する罪」とはすぐには分からないが、「災害」「事故」という概念には環境破壊やそれに起因する生命の危険性なども包含されると思われる。
イタリアに限らず外国の法律を理解するのはとても難しいと思った。

弁護士 渥 美 玲 子
   
posted by 金山総合法律事務所 at 17:40| イタリアの風

2014年12月08日

トリノのアスベスト判決6

イタリアの風
            トリノのアスベスト判決6
     
いままで、2012年2月13日のトリノ地裁判決および2013年6月3日のトリノ高等裁判所の判決について書いてきたが、2014年11月19日遂に最高裁判所の判決が出された。

ところでイタリアの最高裁判所は、ローマのテベレ川河畔にあり、あの有名なサンタンジェロ城の近くにあり、ナボナ広場からウンベルトT世橋を渡ると真正面に見える。正面の壁面には大きな彫刻があり、上部に「CORTE DI CASSAZIONE」と書いてあるので、すぐに裁判所だと分かる。また建物の内部は、壁や天井までもが彫刻や絵画であふれている。日本の最高裁判所の建物とはずいぶん違うと思われる。

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最高裁の判決は、イタリア新聞各紙を見ると「すべてが取り消された。有罪判決も損害賠償も」ということで、その根拠は、「消滅時効」ということだ。日本的な表現を使えば、刑事訴訟法の公訴時効の期間が完成したということで免訴の判決が出されたということになるのだろうか。
取り消されたという判決は、被告のスイス人元経営者シュミットヘーニー氏に対する18年の禁固刑、及び被害者や自治体に対する損害賠償義務を認めたトリノ高等裁判所での判決である。
大法廷にいた被害者の家族は言い渡しが終わると「恥を知れ、不正義だ」と口々に叫び、また泣き出す人もいた。また用意していた「正義は行われた」と書いてあった横断幕に、「不」を手で付け加えた人もいた。またピエモンテ州知事は「深い義憤を感じる」と述べた。さらに首相のレンツィは「このような時効という悪夢はもう十分だ。法律を改正する必要がある」とコメントした。なお、法律改正案はすでに提案されてはいるものの、未だ上院の同意がないため、下院にて店ざらしにされていると言う。
しかしトリノ地方裁判所での第1審と、トリノ高等裁判所での第2審を担当した検察官のグアリニェッロは「諦める必要はない。有罪判決はある。被告は無罪になった訳ではない。私達は次は殺人罪で幕を開けよう」と言い、さらに石綿粉じんを吸入したことにより肺がんなどで死亡した人が2000人以上いる、と言及したという。

他方、刑務所の収監と多額の賠償義務から解放された被告のシュミットヘイニー氏は、「我々は、石綿加工について安全な方法を採用したパイオニアだった。スイス人企業家はトリノ裁判所の私に掛けられた不正義は、『陰謀の論理だ』と言っている」とし、イタリアに対し「これ以上間違った訴訟がないことを期待する」と付け加えたという。さらに同氏は、話を進め「訴訟においては法律が無視された。正しい裁判という基本が損なわれた。エテルニトが操業していたのは、わずか10年くらいの期間であるし、それどころか、この間、利益がほとんどなかった。イタリアは『石綿による大惨事』について、一人の人間だけを相手にするという訴訟を起こしたたった一つの国である」などとコメントした。

その後の新聞報道などを見ると、この最高裁判決は知識人の意見を二分したようである。

渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:12| イタリアの風

2014年10月30日

トリノのアスベスト判決5

イタリアの風
          トリノのアスベスト判決5

1,トリノ高裁判決
すでに2012年2月13日のトリノ地裁判決について簡単に紹介してきたが、その後控訴され、2013年6月3日にトリノ高等裁判所の判決が出た。
 高裁の判決では、被告人1人(エテルニトの元経営者のスイス人のシュミットヘイニー氏)に対する判決はなんと禁固刑18年だった。地裁判決よりも刑期が2年長くなったのである。なお、地裁段階では被告人は2人だったが、うち1人が死亡したので1人になった。
 また損害賠償責任については、判決は、被害者に対して1人3万エウロ(1エウロ130円で換算すると390万円)などの支払いを命じたが、被害者は約930人いるようなので計2790万エウロ(約36億2700万円)となる。それ以外に、ピエモンテ州に2000万エウロ(約26億円)を、カザーレモンフェラート市に3090万エウロ(約40億円)を、など自治体に対する支払いを命じた。このように自治体に支払いがなされるのは、アスベストの除去費用、治療費、研究費などとして役に立つという。
 現在イタリアの最高裁判所に係属しているということだから、そのうち最高裁判所の判決がでるだろう。

2,イタリア国内での影響
 当時の新聞(イルファット・クオティディアノ紙、ラ・レプッブリカ紙など)によれば、この判決を受けて検察官グアリニェッロは「この判決は決して夢なのではない。人生に対する賛歌であり、夢が実現したのだ」、「裁判所によって認められた故意による環境破壊罪は、労働者のためだけではなく、すべての住民に関するものだ」と発言したという。
 そして、彼は、「この判決はターラントでのできごとや、訴訟を待っている他の地域に対しても大きな未来を開いた。この判決で終わった訳ではない。また世界中にこの判決の影響を与えるべき重要な判決である。以前は世界中のどこでもできなかったことが、ここイタリアでは私達は訴訟をすることができたのだ。」と強調した。
なお、ターラントはイタリア半島の南にある大きな都市であるが、ヨーロッパ最大と言われる製鉄所(ILVA)があるほか、石油精製工場、化学工場、造船所、アスベスト製造工場などもあり、地域に対する環境破壊は大きいと言われている。またイタリアのその他の地域でも環境破壊があるとされている。

3,アメリカ合衆国への影響
ところでこの訴訟で問題になっているエテルニトという会社はアスベスト製造販売の国際的多国籍企業であるが、欧州だけではなく、アメリカ合衆国でも被害者を出している。
アメリカのアスベスト被害の状況については、2006年度(平成18年度)の「主要先進国における石綿健康被害に関する調査報告書」(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社)にて詳細に報告されている。
 この報告書によれば、同国では労災補償制度が十分機能していないため訴訟が多発しており、2002年までには約73万件の訴訟が提起され、少なくとも8400社の被告がおり、訴訟による補償額は700億ドルになるという。このため破産する会社が多発し、これにより職を失う労働者も多発しているという。さすが訴訟社会と言われる国である。そして、アスベスト被害に関連して企業が破産するという道を開いたのが、ニュージャージー州にある「ジョン・マンビル社」と言われている。このマンビル社は、世界最大のアスベスト生産・アスベスト製品製造会社であり、日本にも大量のアスベストを輸出しているうえ、1957年(昭和32年)には株式会社クボタ(旧・久保田鉄工)と技術提携をし各種スレートを発売していた。また、日本のトヨタ自動車と同様、会社名を都市名(マンビル市)にさせたという影響力のある大会社だった。

ところで2014年7月2日、アメリカ合衆国ニュージャージー州の高等裁判所でひとつの判決がだされた。なお、この判決は被告が欠席したとの理由で最終審で上訴することができないという。
 ジョン・マンビル社は石綿セメントチューブを製造していたが、そこで働いていた労働者が青石綿(クロシドライト)に曝露されたために中皮腫に罹患したという事案において、裁判官は、中皮腫で死亡した11人の遺族に対し9050万ドル(1ドル100円で換算すると90億5000万円)を支払うようアノヴァホールディング株式会社とベーコン株式会社に対して命じたという。
ところで被告となったこの2つの会社は、かつて1950年から1980年の間、ジョン・マンビル社にアスベストを販売したもののすでに再生法により事実上破産したエテルニット社を引き継いだ会社である。この2つの会社の実質的経営者はトリノ裁判所で有罪判決を受けたシュミットヘーニー氏だという。しかも前記トリノ高裁の判決ではこの2社は民事賠償責任があると判断されていた。そのため、裁判官は、同人が有罪とされたトリノ裁判所の判決を参考にしたという。
このようにイタリアのエテルニトの訴訟は、アメリカ合衆国でも大きな影響を与えたのだった。なお、この判決はイタリアだけではなくアメリカ合衆国でも評判になり、ネットで見ることができる。

4,トリノ判決の行方
イタリアのトリノ判決は、エテルニトの元経営者およびエテルニトを承継した企業を被告として提起された訴訟であるが、判決で認められた損害賠償額は多額であり、また被告の個人や企業はイタリア国内に本社や国籍を有していないため、これを実際に支払わせることは困難を伴うと思われる。承継した上記2社もトリノ判決だけではなく、アメリカでも賠償責任を負ったため、すべての支払いが可能であるかどうか不透明である。
 これら勝訴判決によって実際に被害者に対し賠償金が完全に支払われるまでは、手放しでは喜ぶことはできないだろう。

弁護士 渥 美 玲 子
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2013年09月30日

イタリア共和国憲法〜改正の限界

イタリアの風
          



少し前の話であるが、2013年6月28日の朝日新聞の朝刊に次のような記事があった。
あの世界的に有名でかつ人気の高い俳優であるロベルト・ベニーニさんが、2012年12月17日、イタリア国営放送で「世界でもっとも美しいもの」という特別番組でイタリアの憲法のすばらしさを話し、例えば11条については「イタリアに住む者なら誰だって戦争を放棄するということだ」と発言したという。
涙を流さずにはいられない映画「ライフ・イズ・ビューティフル」を見て以来、私はベニーニさんのにわかファンになったので、もし、私にイタリア語が解れば、是非ともそのテレビ番組を視聴したかったと思う。

ところで、この記事によれば、イタリア共和国憲法の1条から12条は、憲法改正の対象にはならないという「基本原則」があるそうだ。
今ここで、12条全部を検討する余裕はないが、この基本原則は、共和国の基礎、人権の不可侵性、平等原則、労働基本権、地方自治、戦争放棄などを謳っている。
実はイタリアの憲法139条では「共和政体は、憲法改正の対象とすることはできない。」と規定している。例えば、共和国を君主国に変更することはできないというような主権ないし権力の所在を変更するという意味である。
 このような憲法改正についての制限規定がすでにあるにもかかわらず、1条から12条までの憲法改正を制限する基本原則があるということで、大変驚いた。

 新聞記事によると、この基本原則は、1988年に憲法裁判所が判断したものだという。一体、如何なる経緯で、このような判断が出されたのかまでは知らないが、この憲法裁判所の判断による「基本原則」はイタリア人・イタリア国民なら当然の常識であるらしい。

 このようなイタリアの状況に比べ、日本では昨年4月に自民党の憲法改正草案が発表されたが、この草案は、日本国憲法のあの格調高い前文をすべて削除し、1条から始まる全部の条文を削除ないし変更しようとするものである。特に、天皇を日本国の元首として権限を強化するものであること、国防軍を創設して日本が戦争することができるようにすること、国民に責任と義務を新たに課すことなど、憲法の基本原則を大きく変更しようとしている。
 ああ、日本の憲法にもイタリア共和国憲法のように、改正の限界規定を設けておくべきだったと、今更ながらに思っている。



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弁護士 渥 美 玲 子


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