2013年11月02日

日本は105位

両性の平等
              

2013年10月25日、世界経済フォ−ラム(WEF)が「国際男女格差レポート2013」でジェンダーギャップ指数を発表しました。
日本は136ヶ国中105位でした。
上位10位を見ると、1位アイスランド、2位フィンランド、3位ノルウェイ、4位スウェーデン、5位フィリピン、6位アイルランド、7位ニュージーランド、8位デンマーク、9位スイス、10位ニカラグアです。
 ちなみに先回、「外国の憲法にみる家族条項」を検討しましたので、各国の順位をみてみますと、ドイツ14位、アメリカ23位、フランス45位、ロシア連邦61位、中国69位、イタリア71位です。日本が105位というのが如何にかけ離れて低位か、一目瞭然ですね。
また世界ランキングが100位以下の国を見ると次のようになっています。
 100位カメルーン、101位インド、102位マレーシア、103位ブキナファソ(西アフリカにあります)、104位カンボジア、105位日本、106位ナイジェリア、107位ベリーズ(中央アメリカにあります)、108位アルバニア、109位アラブ首長国連邦、110位スリナムとなっています。あのマララさんを狙撃したタリバンのいるパキスタンは135位です。日本とパキスタンとの違いは、日本とイタリアとの違いくらいです。

このジェンダーギャップ指数ランキングは2006年から毎年10月に発表されています。
 日本の順番を経年的にみると、2006年80位、2007年91位、2008年98位、2009年101位、2010年94位、2011年98位、2012年101位、そして2013年105位でした。つまり日本の女性の地位は良くなっているどころか、悪くなっているのです。
一体、どうして、このようにランキングが下がったのでしょうか。そして、どうしてせめてイタリアのレベル、つまり136ヶ国の中間点までくらいにはランクアップしないのでしょうか。このことを真剣に考えないと、日本の女性はいつまで経っても差別されたままです。

この指数は、世界の約136ヶ国を対象に、男女格差が存在する4つの分野において男性と女性の格差をそれぞれ各国毎に分析したものです。評価の対象となった136ヶ国は、世界中のすべての国ではなく、世界人口の93パーセント以上を占めているそうです。また指数とは、国と国の格差ではなく、男性と女性との格差を問題にしていますから、男性を100として女性がどの程度平等であるかを計数化しています。

まず4つの分野とは、第1に、経済活動の参加と機会(Economic Partecipation and Opportunity)、第2に教育(Educational Attainment)、第3に健康と生存(Health and Survival)、第4に政治的影響力(Political Empowerment)の4つです。
 そしてそれぞれの分野には合計14の変数があり、経済活動の分野では、給与、参加レベル、専門職における雇用など5つの変数、教育の分野では初等教育や高等・専門教育への就学など4つの変数、健康と生存の分野では寿命など2つの変数、政治的影響力の分野では政策決定機関への参加など3つの変数があります。そしてこのレポートではそれぞれの分野ごとでのランキングも示しています。

2013年の日本の総合ランクは105位ですが、経済活動の分野では104位、教育の分野では91位、健康と生存の分野では34位、政治的影響力の分野では118位です。4つの分野のうち100位以下が2つ、90位以下を基準とすると3つもあるって、凄いですよね。愕然とします。

ところでこのようなジェンダーランキングはどのような意味があるのでしょうか。「たかが女のこと、自分には関係のないことだ」と思っている人が多いかもしれません。しかし、このような考え方は、日本の女性が差別されているという現状、つまり男性に比較して女性は経済的に自立していないということ、男性に比較して高等教育を受けていないということ、女性には政治的影響力がないということを容認しているということです。言い換えれば、女性に対する差別に対して改善の必要を認めないという考えであり、つまるところ、女性差別を容認しているものと言わざるを得ません。
 そして、そのよう女性差別意識は、女性以外の、子ども、障害者、高齢者、低所得者、外国人など社会的な弱者あるいは政治に対して影響力を持たない人間に対する差別意識をも含むと考えます。
 人間に対する差別を容認する社会が健全である筈はありません。
 このようなランキング表が、その国の健全性を検討する重要な指標になることは間違いありません。
日本は憲法の前文で「国際社会で名誉ある地位を占めたいと思う」と宣言しました。このジェンダーギャップランキングで、日本がこのような不名誉なランク付けをされたことについて一体政府はどのように考えているのか、聞いてみたいものだと思います。

 なお、このWEFのレポートやランキング表は誰でもネットで見ることができます。

                         弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 13:33| 両性の平等

2013年09月30日

強制退去取消判決



平成25年7月18日、退去強制取消訴訟において勝訴判決を獲得しました。
 この判決についてはNHKの地方ニュースや読売新聞などに取り上げられました。

不法滞在の外国人に関する事件ですので、外国人の在留制度について説明します。そもそも、日本に在留する外国人は、上陸許可の際に在留資格が決定され、日本で行うことができる活動にも制限が課せられています。
このような在留資格を得ずに入国したり(不法入国)、期限を超えても日本に滞在し続けたり(不法残留)すると、外国人が自分で出国しない場合には最終的に国外へ強制的に送還されてしまいます。

とはいえ、不法入国や不法残留の状態にあるだけで、すべての人が国外へ強制的に送還されるわけではありません。家族関係、親子関係、日本社会への定着性など諸々の事情を考慮して、日本での在留を認めるべき外国人には特別に在留が認められることがあり、これを特別在留許可といいます。

今回、私が担当した裁判は、不法残留の外国人に対し、法務大臣が国外への送還を進めようと退去強制令書を発布した行為に対し、家族関係を丹念に見ていけば在留特別許可を与えるべき事情があるとして退去強制令書の発布の取り消し等を求めたものです。

外国人を強制退去させるか等については最高裁判決で法務大臣等にきわめて広い裁量が認められており、裁判で争ったとしてもなかなか退去強制令書の発布が取り消されるわけではありません。NHKの入管への取材によると、一昨年退去強制令書の取り消しが認められたのは全国で5件のみということでした。
 
では、本裁判ではどのような点が評価されたのでしょうか。
本件の原告は2週間の短期滞在のビザで入国後、オーバーステイ(不法残留)になってしまったフィリピン人の男性です。
原告は、その後日本で定住者資格を有するフィリピン人女性と結婚し、娘をもうけて、妻の連れ子も含め家族4人で生活していました。原告は不法就労にならないように主に家事育児を担い、生活費は妻が働いて得ていました。また、妻との結婚後に、原告は自ら入国管理局に出頭もしていたという事情もありました。判決ではこれらの事情につき丁寧に事実認定し積極的な評価がなされていました。
これらの事情に加え、妻の連れ子が実父の日本人と定期的に会っていること、原告がフィリピンに退去強制されれば家族全員でフィリピンに帰国せざるを得ず、連れ子と実父が定期的に会うことがかなわなくなると主張しました。判決は、連れ子と実父の関係についても判決は積極的な要素として考慮してくれました。直接血縁関係にない妻の連れ子とその実父の関係についても考慮してくれた点については本件判決の大きな特徴といえるのではないかと思います。

不法残留や不法入国をする理由は、退去強制の対象となる人の数だけあるはずですし、退去強制が対象者が日本で築き上げてきた時間的、経済的、人的、社会的、そのすべての関係を無に帰させてしまいかねない極めて過酷なものであることからすると、退去強制令書の発付は本来画一的な処理になじむものではなく、より慎重な判断がなされるべきです。(勝訴した今になって思うと)本件は、本来であれば、家族関係の実態をもう少し深く把握して退去強制令書が発付する前の段階で在留特別許可が出されるべき事案でなかったかと思います。
なお、控訴はされず、先日無事原告にビザが発給されたと連絡がありました。


弁護士 山 下 陽 平
posted by 金山総合法律事務所 at 19:13| 重要判決

イタリア共和国憲法〜改正の限界

イタリアの風
          



少し前の話であるが、2013年6月28日の朝日新聞の朝刊に次のような記事があった。
あの世界的に有名でかつ人気の高い俳優であるロベルト・ベニーニさんが、2012年12月17日、イタリア国営放送で「世界でもっとも美しいもの」という特別番組でイタリアの憲法のすばらしさを話し、例えば11条については「イタリアに住む者なら誰だって戦争を放棄するということだ」と発言したという。
涙を流さずにはいられない映画「ライフ・イズ・ビューティフル」を見て以来、私はベニーニさんのにわかファンになったので、もし、私にイタリア語が解れば、是非ともそのテレビ番組を視聴したかったと思う。

ところで、この記事によれば、イタリア共和国憲法の1条から12条は、憲法改正の対象にはならないという「基本原則」があるそうだ。
今ここで、12条全部を検討する余裕はないが、この基本原則は、共和国の基礎、人権の不可侵性、平等原則、労働基本権、地方自治、戦争放棄などを謳っている。
実はイタリアの憲法139条では「共和政体は、憲法改正の対象とすることはできない。」と規定している。例えば、共和国を君主国に変更することはできないというような主権ないし権力の所在を変更するという意味である。
 このような憲法改正についての制限規定がすでにあるにもかかわらず、1条から12条までの憲法改正を制限する基本原則があるということで、大変驚いた。

 新聞記事によると、この基本原則は、1988年に憲法裁判所が判断したものだという。一体、如何なる経緯で、このような判断が出されたのかまでは知らないが、この憲法裁判所の判断による「基本原則」はイタリア人・イタリア国民なら当然の常識であるらしい。

 このようなイタリアの状況に比べ、日本では昨年4月に自民党の憲法改正草案が発表されたが、この草案は、日本国憲法のあの格調高い前文をすべて削除し、1条から始まる全部の条文を削除ないし変更しようとするものである。特に、天皇を日本国の元首として権限を強化するものであること、国防軍を創設して日本が戦争することができるようにすること、国民に責任と義務を新たに課すことなど、憲法の基本原則を大きく変更しようとしている。
 ああ、日本の憲法にもイタリア共和国憲法のように、改正の限界規定を設けておくべきだったと、今更ながらに思っている。



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弁護士 渥 美 玲 子


posted by 金山総合法律事務所 at 18:14| イタリアの風

2013年09月28日

明治民法〜 婚姻制度 (その2)

両性の平等
         

先回に引き続き「婚姻」について見てみましょう。

・「第788条
 妻は婚姻に因って夫の家に入る。」
この規定は、「家制度」と採用している当然の結果とされています。但し、外国人と婚姻した場合には配偶者の外国籍には入らないとして例外が認められています。

・「第789条
@妻は夫と同居する義務を負う。
A夫は妻をして同居させることを要する。」
この規定は「夫婦が同居しなければ、婚姻の目的をなすことができない」ということによる当然の規定とされています。しかし、この場合の同居義務は妻にのみあり、夫にはありません。梅教授は「夫が自己の便宜に従い妻と同居せず、仮にその請求が妻からあったもこれに応じないことは稀ではない。これは男尊女卑の因習によることであるが、今日の時勢にあってはこのようなことを是認できない」などと述べています。」

・「第790条
   夫婦は互いに扶養をなす義務を負う。」
梅教授によれば「夫婦は偕老同穴を約する者なるが故に、もし一方が資力なきため自ら井蛙KT得することができない場合には、他の一方がこれを助けるべきは理の当然とである」と書いています。なるほど、こういう場合には夫にも妻にも義務があるのですね。

・「第798条
 夫は婚姻より生ずる一切の費用を負担する。
   但し、妻が戸主たるときは妻が負担する。」
梅教授によれば「夫は一家の主宰にして、その戸主たる場合はもちろん、戸主でない場合においても夫が財産を有してこれをもって妻子を養うのが通例としているので、婚姻より生じる費用は原則として夫の負担とするもは当然である」としています。

・「第801条
 夫は妻の財産を管理する。」
梅教授によれば「財産の管理は夫が概して妻よりもこれをするに適している者であるが故に財産に関する重大な行為は妻は夫の許可を受けるものとした。これはもとより夫権を重んじた結果である」と説明しています。

・「第802条
   夫が妻のために借財をなし、妻の財産を譲渡し、これを担保に供し、第602条の期間を超えてその賃貸をなすには妻の承諾を要す。」

このように結婚すると妻は自分の財産についてさえも夫に管理どころか処分されてしまうという大変不利な状況に置かれます。すでに明治民法の総則編の第14条、16条などで見たようにそもそも妻には行為能力がないとされているので、801条や802条の規定は当然のことです。

・「第808条
   夫婦はその協議をもって離婚をすることができる。」
梅教授によれば「婚姻はもともと当事者の契約によるので、その契約を解消することができるのは理の当然である」としています。

・「第813条
 夫婦の一方は左の場合に限り離婚の訴えを提起することができる。
1,配偶者が重婚をなしたるとき
2,妻が姦通をしたとき
3,夫が姦通罪によって刑に処せられたとき 」
4,配偶者が偽造、賄賂・・関する罪、若しくは刑法75条・・の罪によって刑に処せられたとき
5,配偶者より同居に堪えざる虐待または重大な侮辱を受けたとき
6,配偶者より悪意をもって遺棄されたとき
7,配偶者の直系尊属より虐待または重大な侮辱を受けたとき
8,配偶者が自己の直系尊属に対して虐待をなしまたはこれに重大な侮辱を加えたとき
9,配偶者の生死が3年以上分明ならざるとき

この条文の2項と3項を比較すると、一見して妻の方に重い責任が課せられていることが分かるので、女性に対する差別だと思われます。この点につき、梅教授は次のように説明しています。「妻が婚姻より生ずる第1の義務に背くことであるから、これが離婚の原因とされるのは当然である。ただ、妻に限りこの義務を負わせ夫に同一の義務を負わせないことは不公平であると言わざるを得ない。我が邦においては従来法律上の妻の外に妾なるものを認め、これをもって2等親族とするに至っていたので、俄に欧米の進歩した主義を採用することができない。この不公平は遠くない将来において必ず廃止せられるべきであると信じている」というものです。しかし、この条文は昭和22年まで生き続けていました。
この条文の5項についても梅教授はおもしろいことを書いています。「例えば、中等以下の社会にあって夫が軽く妻の臀部を打ちたるが如き行為は敢えて本号に入らないと言えるが、妻が夫に対して同一の所行をなすと、これは重大な侮辱を加えたものとして離婚を請求することができる。しかし社会の進歩するに従って世論はこのような区別を認めないようになるだろう。また例えば、現今においては夫が妻と同居する場合においてその家に妾を蓄えるも妻は本号の適用によって離婚の訴えを提起することができないことが多いと思うが、社会の進歩するに従って、必ず本号の適用あるものとするに至るべきだ。」
 つまり、離婚原因は社会の発展や進歩に従って変化するものであると認めているのですね。

                          弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 15:34| 両性の平等

2013年09月21日

明治民法〜 婚姻制度(その1)

両性の平等
         

次に婚姻についての規定を見てみましょう。

・「第750条
家族が婚姻または養子縁組をなすには戸主の同意を得なければならない。」
  この戸主の同意権は条文は存在していますが絶対の婚姻要件ではなかったようです。梅教授によれば「殊に婚姻にあっては男女互いに相恋愛する場合において、戸主の同意がないばかりに婚姻することができないという如きは、徒に私通を奨励し、あるいは少年の男女をして一生を誤らしめ、甚だしきに至りては、情死を促すかのようなこともないわけではない」というような事情も考慮されたようです。
 つまりは梅教授のような法律の大家が心配しなければならないほど、「情死」「無理心中」は当時社会問題になっていたのでしょうね。

・「第765条
男は満17歳、女は満15歳に至らざれば婚姻をなすことを得ず。」
 梅教授によれば、この明治民法ができるまではこのような制限規定はなかったそうで、「従来は12歳、13歳の童男女にして事実上の婚姻をなすこと敢えて稀ではなかったようであるが、早婚の弊はつとに識者の認めるところであり、人種改良のためにも風俗のためにも禁止せざるを得ない」ということです。具体的なことはこれ以上書いていないので、推測するしかありませんが、女の子の妊娠が医学的にも不適切であること、あるいは幼女が性風俗の犠牲になることなど、いろいろな問題があったと考えられます。
現在の民法第731条にも「男は18歳に、女は16歳にならなければ婚姻をすることができない」と同趣旨の条文があります。しかし、このように婚姻年齢が男女で違っていることも問題だと指摘されています。

・「第767条
女は前婚の解消または取消の日より6ヶ月を経過したるにあらざれば再婚することができない。 」
 梅教授は「本条の規定は血統の混乱を避けるためのものだ」と説明しており、現在の民法でも、733条では、「女は前婚の解消または取消の日から6ヶ月を経過した後でなければ、再婚することができない」とそのまま生き続けています。
 この条文は女性に対してのみ婚姻の自由を制限するものであって、婚姻における女性差別だと思われますが、平成7年12月5日最高裁判所は、この条文が憲法14条1項に違反していないという判決を出しました。しかし、仮に父親と子の血統を重視するということであれば、現在はDNA鑑定により容易に決着がつく問題です。従って女性のみに不利益を課すような待婚期間制度は、憲法24条及び憲法14条に違反していると思われます。

・「第772条
子が婚姻をするには、その家にある父母の同意を得なければならない。
  但し、男が満30歳、女が満25歳に達した後はこの限りではない。 」
 梅教授によれば「婚姻は人間の一大重事なので少年の男女が互いに婚姻することを欲するも、将来当事者のために不幸になる場合が少なくない。父母の同意を要件にしたのは、第1に本人の利益ためである」と言っています。しかし、「この父母の同意について、永久かつ絶対に要するかどうかについては、各国は一様ではなく、外国においては成年者にはこの同意を必要としない傾向もある。しかし我が邦においては、父母の権力を重視することは欧米諸国を越えているので、このような規定にした」と説明しています。

・「第775条」
@ 婚姻はこれを戸籍吏に届出るによりてその効力を生ず。
A 前項の届出は、当事者の双方に成年の証人二人以上より口頭にてまたは署名した書面をもってこれをなすことを要する。            」

現在の民法739条でも、「婚姻は戸籍法の定めるところにより届け出たることによって、その効力を生ずる。前項の届出は当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、またはこれらの者から口頭でしなければならない」という内容になっています。
ところでなぜこのような手続きを婚姻の要件としたのでしょうか。梅教授によれば次のようです。「明治8年の太政官通達や、明治10年の司法省通達によっても実際に登録手続きが行われてこなかった。実際の慣習においては上流社会といえども、まず事実上の婚姻をし、その後数日乃至数ヶ月を経て届けをなす者は10人中8・9人いた。況んや下等社会にあっては届けをしない者が非常に多い。このような状態では、神聖なる婚姻と私通との混同する虞があり、到底文明国の採用するものではない。かといって一朝一夕に欧州諸外国のような複雑な手続きにしようとしても、到底実際に行われることはない。故に手続きは最も簡易なもので実行を期待することができるようなものにした」
と、ここまで読むと、まず「婚姻」と「私通」とをいきなり比較することに違和感を覚えます。そして、次には、当時の欧州諸外国の婚姻手続きはそんなに複雑なものだったのかしら、という疑問を持ってしまいます。

実は、明治民法にはそれ以外にも婚姻の要件はたくさんありますし、現在の民法にも同様の規定はあります。例えば、重婚禁止(明治766条:現732条)、近親者間の婚姻禁止(明治769条:現734条)、直系姻族間の婚姻禁止(明治770条:現735条)、養親子等の間の婚姻禁止(明治771条:現736条)などです。
婚姻の要件について、明治民法と現在の民法を比較すると、「戸主の同意」「親の同意」など家制度に関連する規定以外については、ほとんど変わっていないという印象を受けました。

弁護士 渥 美 玲 子

posted by 金山総合法律事務所 at 16:23| 両性の平等

2013年09月10日

外国の憲法にみる家族条項

両性の平等
        

自民党の憲法改正案の中には、憲法第24条の改正も含んでいます。
そこで、世界の国の女性や家族に関する規定を少し調べて見ました。そうすれば世界の水準というものが見えてくるかもしれないと思いました。
 とは言っても、「解説世界憲法集」(三省堂)や「世界憲法集」(岩波文庫:初版・第2版)の範囲内ですから、たいしたことありませんが。

A) アメリカ合衆国
  現行の合衆国憲法は1788年に成立し、その後は修正○条として存在しています。
修正19条には「合衆国市民の選挙権は、合衆国またはいかなる州も性別を理由として、これを否定しまたは制約してはならない」というものがありますが、これは1920年に成立しています。これだけしかありません。日本国憲法14条に該当するような条項もないようです。


B) フランス1958年憲法
  現行のフランス憲法は、第5共和国憲法またはドゴール憲法とも言われ、1958年に成立していますが、この中には明文で性差別を禁止する条項はまったくありません。
 但し、前文では「フランス人民は、1789年宣言により規定され、1946年憲法前文により確認かつ補完された人の諸権利と国民主権の諸原理に対する至誠、及び2004年環境憲章により規定された権利と義務に対する至誠を厳粛に宣言する」とあります。
  ご存じのように1789年のいわゆる人権宣言は男性に限定された宣言で、女性は埒外だったので、1946年憲法の前文にて「法律はあらゆる領域において、女性に男性と平等な権利を保障する。」「国は個人と家族にその発展に必要な諸条件を保障する」などと規定されました。これらの規定は「前文」ですが、「憲法院が前文で言及された人権文書を根拠にして法律の審査をするに至り、1789年の人権宣言や第4共和国憲法前文が憲法的効力をもつ規定としてよみがえった」ということです。


C) ロシア連邦憲法
  1945年当時はロシアはソビエト社会主義共和国連邦で、1936年に制定されたいわゆるスターリン憲法でしたが、1977年には改編されました。1991年12月現在のロシア連邦が成立し、憲法は1993年12月に国民投票にて決定されました。ソビエト当時の憲法ではその第1条にて、「労働者、農民およびインテリゲンチャ、国のすべての民族および民族的集団の勤労の意思と利益を表現する、社会主義的全人民国家である」と規定されていましたが、現行のロシア憲法第1条では、「ロシア連邦は共和制の統治形態をとる民主的な連邦制法治国家である」と規定されており、もはや社会主義を取らないことは明らかです。
女性や家族に関する条項を見てみます。

第7条
@ ロシア連邦は社会国家であり、その政策は相応な生活と人間の自由な発展を保障する条件を創り出すことを目的としている。
A ロシア連邦では労働と人々の健康が保護され、最低労働賃金が保障され、家族、母性、父性、児童、障害者および高齢者への国家による支援が保障され、社会的サービスの制度が展開され、なおかつ国家による年金、扶助およびその他の社会的な保護が設けられる。

第19条
@ すべての者は法律および裁判所の前に平等である。
A 国家は性別、人種、民族、言語、出身、財産および職務上の地位、居住地、宗教へのかかわり、信条、社会団体への帰属、ならびにその他の状況にかかわらず、人および市民の権利と自由を保障する。社会的、人種的、民族的、言語的または宗教的な帰属を指標とした市民の権利の制限はいかなるものであれ、禁止される。
B 男性と女性は同等な権利を有し、その行使において同等な可能性を有する。

第38条
@ 母性および児童、家族は国家の保護下にある。
A 児童とその養育への配慮は両親の平等な権利であり、かつ義務である。
B 18歳に達した労働能力のある子は、労働能力のない両親に配慮しなければならない。


D) 中華人民共和国憲法
  この国は1949年にできました。現行憲法は1982年12月に公布、施行されました。この憲法の「序言」には中国が社会主義を取っていることを鮮明にし、「国家の根本任務は中国的特色の社会主義の道に沿って力量を集中して社会主義現代化建設を進めることにある」と明記しています。
女性や家族に関する規定はこのようになっています。

第48条
@ 中華人民共和国の女性は政治、経済、文化、社会および家族の生活等の各方面において男性と平等の権利を享有する。
A 国家は、女性の権利及び利益を保護し、男女同一労働同一報酬を実行し、女性幹部を養成し及び選抜する。

第49条
@ 婚姻、家庭、母親及び児童は国家の保護を受ける。
A 夫妻双方は計画出産を実行する義務を有する。
B 父母は未成年子女を扶養し、教育する義務を有し、成年子女は父母を扶養する義務を有する。
C 婚姻の自由を破壊することを禁止し、高齢者、女性及び児童を虐待すること禁止する。


E) ドイツ連邦共和国基本法
  ドイツは敗戦によりイギリス、アメリカ、フランス、ソ連の4カ国の分割統治の下に置かれましたが、各ラントで憲法が次々と生まれました。1948年にはボンにて議会評議会ができて、基本法が検討されるようになりました。そして、1949年5月23日に公布され、「ボン基本法」とも呼ばれているそうです。
 女性と家族に関する条項です。

第3条
@ すべて人間は法律の前に平等である。
A 男性と女性は同権である。国は女性と男性の同権が現実に達成されることを促進し、現に存在する不利益を除去すべく働きかけるものとする。
B 何人も、その性別、出自、人種、言語、故郷及び門地、信仰、宗教または政治的な見解を理由として不利な取扱を受け、または有利に取り扱われてはならない。何人も、その障害を理由として不利な取扱を受けてはならない。

第6条
@ 婚姻及び家族は国家的秩序により特別な保護を受ける。
A 子どもの保護及び教育は親の自然の権利であり、まずもって親に課せられた義務である。この義務の遂行については国家共同体がこれを監視する。
B 子どもは親権者に故障があるとき、又は子どもがその他の理由から放置されるおそれがあるときには、法律の根拠に基づいてのみ親権者の意に反してこれを家族から引き離すことが許される。
C すべて母親は共同体の保護と扶助を請求することができる。
D 婚外子に対しては立法によって肉体的及び精神的発達について、並びに社会におけるその地位について婚内子と同様の条件が与えられなければならない。


F) イタリア共和国憲法
  1943年ムッソリーニ政権が倒れ、イタリアは連合国に降伏しました。1946年6月に君主制か共和制かを問う人民投票が行われ、共和制が決定されました。憲法制定議会では、キリスト教民主党、社会党、共産党の3大政党が中心になり、1947年12月に採択され、1948年1月から施行されたということです。
いろいろな規定があります。

第3条
@ すべての市民は等しい社会的尊厳をもち、法律の前に平等であり、性別、人種、言語、宗教、政治的意見、人的及び社会的条件によって差別されない。
A 市民の自由と平等を事実上制限し、人格の完全な発展及び国の政治的、経済的、社会的組織へのすべての勤労者の実効的な参加を妨げる経済的・社会的障害を除去することは共和国の責務である。

第29条
@ 共和国は、婚姻にもとづく自然共同体としての家族の権利を認める。
A 婚姻は、家族の一体性を保障するために法律で定める制限の下に、配偶者相互の倫理的及び法的平等に基づき、規律される。

第30条
@ 子供を育て、教え、学ばせることは両親の義務であり権利である。子供が婚外で生まれたものであっても同じとする。
A 両親が無能力の場合は、前項の任務を果たすものを法律で定める。
B 婚姻外で生まれた子供に対する法的および社会的保護は法律で定める。この保護は適法な家族の成員と両立するものである。
C 父の捜索に関する規定とその制限は法律で定める。

第31条
@ 共和国は、経済的および他の措置により、家族の形成およびそれに必要な任務の遂行を助ける。大家族に対しては、特別の配慮を行う。
A 共和国は母性、児童、青年を保護し、この目的に必要な施設を助成する。

第37条
@ 女子勤労者は男子勤労者と同じ権利を有し、等しい勤労につき同じ報酬を受ける。その勤労条件は、女子に不可欠な家政の遂行を可能とし、母親と幼児に特別の適切な保護を保障するものでなければならない。


G) 感想
  以上、わずか6つの国しか見ていませんが、女性や家庭、子どもの権利条項について、非常に大きな違いがあることが分かります。私は憲法学者ではないので、単なる推測の域をでませんが、おそらくアメリカやフランスは第2次大戦においては戦勝国でしたから、自国の憲法を見直すという契機がなかったのでしょう。
 また、ロシア連邦や中華人民共和国は第2次大戦後新たに成立した国家ですが、社会主義的な色彩を持っていますので、「母性、児童、家族は国家の保護下にある」(ロシア:38条)あるいは「婚姻、家庭、母親、児童は国家の保護を受ける」(中国:49条)というように国家の保護を明確にしています。他方、両国とも「両親に対する配慮義務」(ロシア:38条)あるいは「父母の扶養義務」(中国:49条)を規定しているのは、なぜでしょう。
  それに引き替え、ドイツ、イタリア、日本は、反ファシズムや反軍国主義の立場から、第2次大戦後、新憲法を制定しています。
 この3つの国の中で一番簡単なのは日本で、一番条項が多いのはイタリアです。
 例えば、今年9月4日最高裁判所で判決がでた「婚外子」の問題については、すでにドイツやイタリアは憲法でその平等を謳っています(ドイツ:6条、イタリア:30条)が日本の憲法にはありません。ベアテによれば、いろいろな条項を考えたが、上官によって拒否されたとのことです。GHQ民政局は、アメリカ合衆国が実権を握っており、アメリカは自分の生命や自由は自分で守ることを国是としているような国であることを考えれば、「婚姻・母性・子どもを国が保護する」などという発想はなかったものと思われます。むしろアメリカには存在しない24条のような条項を入れることに同意したということの方が驚きかもしれません。
それに比べて、イタリアは第2次大戦後、キリスト教民主党、社会党、共産党の3つの党が国民の4分の3の支持を集めており、憲法制定議会においてもカトリック勢力と共産主義勢力が議論を指導しました。このように社会主義を重視する政党が憲法制定に加わっていたので、当時の社会主義的な考え方を取り入れられたのでしょう。例えば第1条には「イタリアは労働に基礎を置く民主的共和国である」と書かれていますが、この条項はマルクス主義の影響を受けていると言われています。また、第31条では「共和国は母性、児童、青年を保護し、この目的に必要な施設を助成する」と規定しており、ロシアや中国の憲法と似ているところがあります。さらに第37条では「同一労働同一賃金原則」を規定していますが、中国の憲法(中国48条)にもあります。もっともイタリア憲法37条の「その勤労条件は女子に不可欠な家政の遂行を可能とし」という役割分担論は不要だと思いますが。
両性の平等、子どもの養育、家族のあり方などについて、どのように憲法で規定するかは、なかなか難しい論点ですが、自民党の改正草案を検討するひとつの基準にはなると幸いです。
                       弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 13:18| 両性の平等

2013年09月07日

明治民法 〜「戸主」

両性の平等
         

明治民法の特徴は、親族編にしても相続編にしても、「家」制度という概念で貫かれているということです。
親族編は「親族」の規定から始まり、総則、戸主及び家族、婚姻、親子、親権、後見、親族会、扶養の義務というように章が続きます。ちなみに当時の親族編は725条から963条までありました。

・「第725条 左に掲げたる者はこれを親族とする。
1,6親等内の血族
2,配偶者
3,3親等内の姻族 」

  この条文が親族編のトップです。実は、この条文は、現在の民法と条文の番号も内容もまったく同じです。1947年(昭和22年)に明治民法のうち親族編と相続編は法形式上は廃止されたのですが、それは形だけで、実は明治民法のうち、憲法24条に違反していると明確に認められた条文のみが廃止になり、そうでない条文は、そのまま残っているのです。明治民法は1896年(明治29年)4月に制定され、1898年(明治31年)7月から施行されていますから、なんと117年間生きているのです。自民党は今の憲法は60年改正されていないので、改正されるべきだと主張しているようですが、117年間も昔の民法でも良いって言っているわけですね。おそらく自民党の体質は明治憲法の体質と同じなのでしょう。
 ところで、この条文で「親族」の規定がなされているのですが、なぜ、このような区別の仕方になっているのでしょうか。梅教授の説明によれば「固より一定の根拠などはないが、外国ではローマ法において4親等までを親族とする例がある。支那にては高祖以下4代を限りとしてこれを認めているようだ。そして後者は8親等に該当するので、4親等と8親等の平均は、すなわち6親等である。故に民法では6親等内の血族に限った。」ということです。ちなみに、「高祖以下4代」というのは、まず、直系尊属に遡って、父母(1親等)、祖父母(2親等)、曾祖父母(3親等)、高祖父母(4親等)と数え、さらにこの高祖父母から4代下がるのです。そうすると、これは8親等に該当するということです。ローマ法と中国法の折衷案だということはすごいですね。しかもこのような考え方は、昭和22年の民法改正時においてもまったく再考されなかったというのですから、それも驚きです。
 さて「6親等」というのは、現代感覚からすれば、かなり広く認めていると思われますが、明治の初期頃までは、おそらく女性は初潮を迎える年頃には他家に嫁に出され、妊娠出産していただろうと思われます。すると10代で母親、20代で祖母、30代で曾祖母、40代で高祖母などという状況があったかも知れません。なので、当時としてはそれなりに現実的な感覚だったのでしょう。それにしても、仮にそれが現実だったとすれば、嫁ぎ先では姑が3人や4人いても不思議ではなかったかもしれません。

・「第732条
戸主の親族にしてその家にある者及びその配偶者は、これを家族とする。」

 「親族」という概念のほかに「家族」という概念がありましたが、それは今使われているような「家族」ではなく、戸主を中心に構成され、「戸主の親族」に限定され、決して配偶者の親族は含まれないということです。また梅教授によれば「その家にある者」とは、同じ「家籍」にある者、つまり「戸主と同一戸籍にある者」ということですから、例えば結婚して他家に行った娘は親族であっても「家族」ではないのですね。

・「第746条
戸主及び家族はその家の氏を称する。 」

 「家」に入れば、同じ「氏」を使う義務がありました。梅教授によれば「今日は、家には必ず氏があるから、家を組織する戸主や家族は当然その家の氏を称すべきこと言をまたない」としています。そして、妻の氏については「従来の行政上の慣習によれば妻は実家の氏を称するべきだと言っても、これは支那の慣習を踏まえたものであって、我が邦の家制の主義には適していない。また実際の慣習にも適合していない。つまり妻がその実家の氏を称すると言うことはあたかもなお実家に属するという観を成し、夫婦家を同じくするという主義には適していない。」と説明しています。妻は夫の家に所属するのですね。

・「第747条
  戸主はその家族に対して扶養の義務を負う。  」

梅教授によれば「我が法律においては家族相続は1人に限りその者は前戸主の財産を相続するが故にこれを扶養する義務がある」ということです。
 このように戸主の義務は重いのですが、戸主には女性もなることができました。有名なのは樋口一葉が女戸主だったということです。彼女は1872年(明治5年)に生まれましたが、戸主だった兄が死亡し、さらに父親も死亡したため、17歳で女戸主になったということです。そのため家族を養う責任を負うことになり金銭的につらい思いをしたそうです。

                          弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 14:45| 両性の平等

2013年08月31日

明治民法〜 妻の無能力

両性の平等

先回述べたように、今の民法は1896年(明治29年)4月に制定され、1898年(明治31年)7月に施行されたものです。そのため、このときに制定された民法を「明治民法」と呼んでいます。
明治民法の特徴は、「家」制度という概念と男尊女卑の精神で貫かれているということです。以下、名古屋大学大学院法学研究科の法情報基盤や旧法令集(有斐閣)の条文を現代語に変えて引用します。

民法の総則編です。
・「第14条
@妻が左に掲げた行為をなすには夫の許可を受けることを要する。
1,第12条第1項1号から6号に掲げた行為
2,贈与若しくは遺贈を受諾し又はこれを拒絶すること
3,身体に羈絆を受けるべき契約をすること
A前項の規定に反する行為はこれを取り消すことができる。   」

この条文がいわゆる「妻の無能力」と言われるもので、妻には法律行為をする能力(行為能力といいます)が認められていませんでした。但し、結婚前の女性や夫が死亡により寡婦になった場合には行為能力はあります。
 では、なぜ夫がいると妻の行為能力を奪われたのでしょうか。梅謙次郎教授は、「天に2つの太陽がなく、国に2人の王がいないと同じように、家には2人の主人つまり戸主はいらない。もし家に2人の主人がいると一家の整理ができないからだ。親権は主として未成年者に対して行われ、夫権は妻に対して行われる。」と説明しています。
ちなみ1項にて夫の許可が必要とされる第12条の6つの行為とは、「元本を領収し、又はこれを利用すること」「借財又は保証をすること」「不動産又は重要な動産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること」「訴訟行為をすること」「贈与・和解又は仲裁契約をすること」「相続を承認し又はこれを拒絶すること」です。
この条文の2項では、他人から贈与を受けることも許可が必要ですが、贈与を受けること自体は利益なのですから妻の自由だと思うのですが、梅教授によれば、「品位上また感情上、贈与を受けることができないとすることができる。これらの判断はすべて夫の意見に任せられるのでなければ、その権力が行われないことになる恐れがある。」ということです。簡単に言えば夫はそのときの気分や感情で妻に対する贈与を妻の意向に関係なく勝手に断ることができたのですね。それが「夫権」だったのです。
この条文の3項の「身体を羈絆する」という言葉は難しいですが、「行動の自由を縛るような」という意味で理解するといいのかもしれません。梅教授によれば、「夫は妻に対して自己と同居させる権利を持っているので、妻は夫の許可なくして、その同居義務に違反するような契約などできるわけがない」ということです。例えば、労働契約などは、家の外で働くことになるので、妻の同居義務に違反するのでしょう。

・「第16条
 夫はその与えたる許可を取消し又はこれを制限することができる。但し、その取消しまたは制限はこれをもって善意の第3者に対抗することができない。」

この条文は夫が一旦妻に上記の許可をした後でも、その許可がなかったことにすることができる、ということです。この条文についての梅教授の説明は、「夫は許可しても、その夫権を放棄することはない。だからどのような許可を与えたとしても、後に許可したことを後悔したときには、何時でもその許可を取り消すことができるようにしなければならない。」というものです。夫権は絶対的だったのですね。

・「第17条
   左の場合においては妻は夫の許可を受けることを要しない。
1,夫の生死が明らかではないとき
2,夫が妻を遺棄したとき
3,夫が禁治産者または準禁治産者であるとき
4,夫が瘋癩のため病院又は私宅に監置されているとき
5,夫が禁固1年以上の刑に処せられその刑の執行中にあるとき
6,夫婦の利益相反するとき 」

1号から5号までは、問題がないわけではありませんが、夫が妻を監督したり扶養できない場合を意味すると考えればやむを得ない規定でしょう。そして、6号は、例えば夫に対して妻が離婚訴訟を起こすときには「夫婦の利益が相反すること」になるので、この場合には、第14条にもかかわらず、妻は自分で訴訟を起こすことができました。

要するに女性は結婚した途端に、法律行為の自由、行動の自由や経済的な自由を奪われました。もちろんこのような規定は両性平等を認めた憲法第24条に反するので、昭和22年には廃止されました。

 しかし、社会的な実態としては今も残っているのです。
 例えば、妻が外で働きたいとき、妻が夫に「ねえ、私も外で働いていいかしら?」と同意を求めるケースが結構多いのではないでしょうか。それに対して「いいよ、でも家事や育児に手を抜かないで欲しい。もしそういうことがきちんとできないのなら外で働くのは禁止だ。」と夫が答えるケースが少なからずあります。なので仮に妻が外で働くことができても、家事など支障のない範囲の短時間しか働くことができないし、家に帰れば家事や育児をしなければならないので、休む暇がありません。
 このような夫の答えならまだしも、「何? おれの給料じゃ満足できないのか。おまえは俺と子供の世話をしてりゃいいんだ。」と言って、夫が妻を怒鳴りつけるケースもあります。まあ、大体こういう夫は妻から離婚を要求されることが多いと思われますが。
弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 13:23| 両性の平等

2013年08月22日

退所のお知らせ


今まで一緒に活動していました向井小百合弁護士が、今年7月末をもって当事務所を退所しました。

彼女は、8月1日から、財務省 東海財務局の任期付き職員(証券検査官)として勤務を始めることになりました。

向井弁護士に対する今までのご厚情に感謝するとともに、今後も当事務所に対しての変わらぬご指導、ご鞭撻をお願い致します。


posted by 金山総合法律事務所 at 16:09| スタッフより

イタリアの憲法と比べて

両性の平等〜


日本国憲法第24条は世界的に珍しい条項だと書きましたが、実はイタリア共和国憲法には両性の平等の他、婚姻や家族のことについても詳しい規定があります。
  なお、イタリア共和国憲法は1947年12月22日憲法制定会議において可決され、1948年1月1日から施行されたので、日本国憲法とはほど同じ時期に制定されたということができます。以下、「解説世界憲法集」(三省堂)から女性、家族に関する条文を引用します。

第3条
  @ すべての市民は等しい社会的尊厳をもち、法律の前に平等であり、性別、人種、言語、宗教、政 治的意見、人的及び社会的条件によって差別されない。
  A 市民の自由と平等を事実上制限し、人格の完全な発展及び国の政治的、経済的、社会的組織へ のすべての勤労者の実効的な参加を妨げる経済的・社会的傷害を除去することは共和国の責務である。

第29条
  @ 共和国は、婚姻にもとづく自然共同体としての家族の権利を認める。
 A 婚姻は、家族の一体性を保障するために法律で定める制限の下に、配偶者相互の倫理的及び法的平等に基づき、規律される。

第30条
  @ 子供を育て、教え、学ばせることは両親の義務であり権利である。子供が婚外で生まれたものであっても同じとする。
 A 両親が無能力の場合は、前項の任務を果たすものを法律で定める。
 B 婚姻外で生まれた子供に対する法的および社会的保護は法律で定める。この保護は適法な家族の成員と両立するものである。
 C 父の捜索に関する規定とその制限は法律で定める。

第31条
 @ 共和国は、経済的および他の措置により、家族の形成およびそれに必要な任務の遂行を助ける。大家族に対しては、特別の配慮を行う。
 A 共和国は母性、児童、青年を保護し、この目的に必要な施設を助成する。

第37条
   @ 女子勤労者は男子勤労者と同じ権利を有し、等しい勤労につき同じ報酬を受ける。その勤労条件は、女子に不可欠な家政の遂行を可能とし、母親と幼児に特別の適切な保護を保障するものでなければならない。

 このように書いてみると、「日本の憲法にもあったらよかったのに」と思う条文もあれば、逆に「この条文はどういう意味だろう?」とか「なぜ、こんな条文ができたの?」と疑問に思うものもあります。また現在、これらの憲法条項がどのように活かされているのかも知りたいところです。

 ところで日本国憲法第24条はベアテの草案になるものでしたが、実は彼女は、第24条以外にも多くの女性の権利を書いていたのです。
 例えば、
 「妊婦と乳児の保育にあたっている母親は既婚・未婚を問わず国から保護される。彼女たちが必要とする公的援助が受けられるものとする。嫡出でない子供は法的に差別を受けず、法的に認められた子供同様に、身体的、知的、社会的に成長することについて機会を与えられる。」
 「すべての成人女性は生活のために仕事につく権利がある。その人にあった仕事がなければ、その人の生活に必要な最低の生活保護が与えられる。女性は専門職業および公職を含むどのような職業にもつく権利をもつ。その権利には政治的な地位に就くことも含まれる。同じ仕事に対して男性と同じ賃金を受ける権利をもつ」などです(1945年のクリスマス:p186)。
 しかしベアテの上司のケーディス大佐は「このような具体的な指示は有益かもしれないが、憲法に入れるには細かすぎる。詳細は制定法によるべきだと思う。憲法に記載するレベルのことではないのではないだろうか」という意見をのべ、ベアテの草案を大幅にカットしてしまったそうです(同書:p183)。
 なお、このようにカットされたことについて、後日ベアテは「子供や母性の権利については、やはり男性と女性とで関心度が違うのではないかと思った。その関心度の違いが、ケーディスさんと私の意見の分かれるところではないかと考えた」と書いています(同書:p309)。

 イタリア憲法では、家族の形成や母性・児童の保護、婚外子の保護、同一価値労働同一賃金を明文で認めていますが、このような条項を入れようとしたベアテに対して上司は反対し明文化されませんでした。1945年頃という同じ時期に、イタリアと日本では、憲法について異なった考えがあったのですね。
                           弁護士 渥美玲子
posted by 金山総合法律事務所 at 13:57| 両性の平等