2013年08月20日

憲法第24条 〜その3

両性の平等〜

憲法24条第2項は、つぎのような条文です。

「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」

 この条項に対応するベアテの草案は次のようなものでした。
「これらの原理に反する法律は廃止され、それに代わって、配偶者の選択、財産権、相続、本拠の選択、離婚並びに婚姻および家庭に関するその他の事項を、個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定さるべきである。」

 比較すると分かりますが、日本側は、ベアテの書いた草案をほとんど採用しています。
 問題は、「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」という条項がきちんと遵守されたのかどうかです。ベアテは、実は実際に法律を考えで制定するのは男性なので、本当に女性のために法律を制定してくれるのか心配だったそうです。でも、その心配は当たったと言えるかもしれません。

  婚姻や家族について定めている民法を見てみましょう。
 憲法第24条を知っている人はたいてい、今の民法は戦後制定されたのだと思っているでしょう。でも違うのです。今の民法は1896年(明治29年)4月に制定され、1898年(明治31年)7月に施行されたものです。そのため、このときに制定された民法を「明治民法」と呼んでいます。現在の民法は、明治民法のうち家族法(身分法とも言われていました)、具体的には親族編と相続編が、1947年(昭和22年)に改正され、1948年(昭和23年)1月に施行されたものに過ぎません。実は私が大学で学習をしたとき、民法は全部文語調でカタカナで書いてありました。これが現在のようにひらがなを使った現代語になったのは、なんと2004年(平成16年)なのです。
 ところで明治民法の家族法は「家」制度を基本原理に組み立てられており、家の長、つまり家長が「家」を支配・統制しており、その中で女性はまったく権利がありませんでした。そして相続というのは「家」の承継を意味するのであって、いわゆる長子たる男性が単独で「家督」を相続するものとされていました。従って明治民法の家族法には「個人」という概念はまったくありませんでした。
憲法第24条は、まさに旧来の家制度をすべて廃止し、個人の尊厳と両性の本質的平等を基礎に再構成され、女性が親の強制や男性の支配から解放される諸権利を定めるべきだったのです。

 ところで、明治民法の家族法以外の分野で条文が改正され、この憲法24条の表現がそのまま採用された条文があります。それは民法第2条で、「この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として解釈しなければならない。」と定められています。
 この条文は民法の総則編におかれていますから、単に親族・相続の分野にとどまらず、物権編、債権編の財産における分野も含め民法全般の条文の解釈のための原理となっているのです。これは非常に重要な規定です。たとえば、労働契約において女性であることを理由に、昇進・昇格、賃金、職種などを差別することは許されません。賃貸借契約において女性であることを理由に賃貸条件を悪くすることはできません。このように女性が生きていく上で多くの法律行為をする必要がありますから、女性であることを理由に女性に不利に扱われてはいけないのです。

                        弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 10:20| 両性の平等

2013年08月19日

憲法第24条 〜その2

両性の平等〜 


  憲法24条の内容については先回書いたとおりですが、第1項に「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。」と敢えて規定された理由はなんだったのでしょうか?
 今のように、それなりに結婚相手を選ぶことができるようになると、24条ができた理由が分からなくなっていますが、その理由を実はベアテが憲法草案にそのまま書いていました(1945年のクリスマス:p156)。

 「家庭は、人類社会の基礎であり、その伝統は、良きにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する。それ故、婚姻と家庭とは、法の保護を受ける。婚姻と家庭とは両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然であるとの考えに基礎をおき、親の強制ではなく、相互の合意に基づき、かつ男性の支配ではなく両性の協力に基づくべきことをここに定める」

 すなわち、ベアテが言いたかったことは、婚姻や家庭は「両性の相互の合意と協力」に基づいてなされるものであって、決して「親の強制や男性の支配」の下にあってはならないということなのです。24条にはそのようなことは書いてありませんが、戦前、日本の女性は親の強制と男性の支配の下にあったので、そのような状態から女性を解放する必要があったということなのです。
 それでは現在、婚姻や家庭において、女性は親の強制や男性の支配から自由になっているのでしょうか、今の私たちはこの点を検証する必要がありそうです。。
  また、ベアテは「両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然である」との表現をしたのに対して、現行憲法では「夫婦が同等の権利を有することを基本として」という表現に変えています。草案では「両性」という言葉にされていたものを、現行憲法では「夫婦」という言葉に変えていますが、その理由は何だったのでしょうか?ちなみに英語には「夫婦」ということを意味する単語はないようで「the equal rights of husband and wife」と少し不自然な表現になっています。
  しかもベアテの書いた草案と比較すると、現行憲法では「婚姻と家庭とは法の保護を受ける」という文章が削除されています。おそらく日本側がこの条項の削除を決定したのだと思いますが、その理由はいったい何だったのでしょうか。

 ところで、ベアテはこの草案を書くに際し、ワイマール憲法119条を参考にしたと書いています(同書p159)。なお、ワイマール憲法は正確にはドイツ・ライヒ憲法(Die Verfassung des Deutschen Reiches)と言い、1919年8月に制定されましたが、1933年3月にヒトラーが全権委任法を強行的に採決させたことにより、この憲法は事実上死文化しました。但し、1945年当時、法的にこの憲法が廃止されたり改正されたりしたことはなかったようです。
ワイマール憲法はこのようなものでした(世界憲法集:三省堂p207)。

第119条
第1項  婚姻は、家庭生活及び民族の維持・増殖の基礎として、憲法の特別の保護を受ける。婚姻は両性の同権を基礎とする。
第2項  家族の清潔を保持し、これを健全にし、これを社会的に助成することは国家及び市町村の任務である。子供の多い家庭は、それにふさわしい扶助を請求する権利を有する。
第3項   母性は、国家の保護と配慮を求める権利を有する。

 さらにベアテは女性の権利については、ソビエト社会主義共和国連邦憲法をも参考にしたと書いています(1945年のクリスマス:p151)。ベアテが参考にしたソビエト憲法は、1933年12月に制定され、スターリン憲法とも呼ばれていますが、1977年憲法に置き換えられるまで最高規範として存続しました。なお、当時このようなものでした(同書p151)。

第122条
第1項  ソ連邦における婦人は経済的・国家的・文化的及び社会的・政治的生活のあらゆる分野において男子と平等の権利を与えられる。
第2項  婦人のこれらの権利を実現する可能性は、婦人に対して男子と平等の労働・賃金・休息・社会保険及び教育を受ける権利が与えられること、母と子の利益が国家によって保護されること、子供の多い母が国家によって扶助されること、妊娠時に婦人に有給休暇が与えられること、広く行きわたって産院・託児所及び幼稚園が設けられること、によって保護される。

以上みたように、1945年当時、ドイツやソ連の憲法ではすでに女性の権利を男性と同等なものとして認め、家庭や子供及び母性の保護の必要性まで憲法で定めていました。当時の日本政府は当然のことながら、このような世界の憲法状況をよく知っていた筈ですが、GHQの提案に対し「日本には女性が男性と同じ権利をもつ土壌はない」と言い放ち、さらには、提案された婚姻や家庭などに対する保護規定を憲法から外してしまったのです。このような姿勢は本当に残念です。
   弁護士 渥美玲子


posted by 金山総合法律事務所 at 14:28| 両性の平等

2013年08月16日

憲法第24条

両性の平等〜


憲法改正論議がさかんになされるようになって、憲法第24条も結構みんなに知られるようになりました。
第24条は次のようになっています。

第1項 
婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。

第2項
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 すでに性差別については、人種、信条などの他の差別と共に憲法14条で禁止されていますが、さらに上記のように第24条で両性の平等が保障されているのは、世界的に珍しいことだと言われています。
 この条項を考えたのは、ベアテ・シロタという当時22歳のロシア系ユダヤ人女性でした。彼女は民間人ではありましたが、日本に10年近く住み日本語が堪能だったことから1945年12月からGHQの民政局のメンバーとして憲法草案の作成に携わりました。そして、当時の日本女性の地位があまりにも低いことを憂慮して、アメリカ憲法にも規定されていない24条のような条項を日本の憲法に入れる必要性を強く感じたのだと言っています(「1945年のクリスマス」柏書房)。なお、ベアテの書いた草案が日本側に提案された1946年3月、日本側の担当者は「女性の権利だが、日本には女性が男性と同じ権利を持つ土壌はない。日本女性には適さない条文が目立つ」と当初は拒否したそうです(同書p216)。
今でこそ、日本の女性は、日本の憲法に14条や24条があり、女性は男性と同等の権利を有することを当たり前のように感じていますが、そうではなかったのです。

 実は私はこの条文の「両性の本質的平等」という言葉がとても気に入っています。
 通常は「男女平等」という言葉が使われます。しかし、「男女平等」というとき、時として「平等とは言っても『男』が『女』の前に付いているので、男性の方が女性に優越するのだ」とか、あるいは「『同じものは同じように扱い、違うものは違うように扱う』というのが平等ということだから、男性と女性で体の構造や機能が違う以上、女性は男性とは違うように扱われて当然だ」という意見が聞かれます。
 「両性」という言葉は「女性」と「男性」との間の優劣を表現していません。また「本質的」という言葉は「身体的・生理的な違いはあっても、人間として等しく扱われる」という意味があります。従って、24条に存在しているこの言葉は人間の本質をとらえたとても美しい表現だと、私は思うのです。
 ちなみに、この「両性の本質的平等」という言葉は戦前の日本にはなかったもので、ベアテさんが英語で「the essential equality of the sexes」と書いた草案がなければ、未だに日本語として存在しなかったのではないかと思います。

                                    弁護士 渥美玲子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:33| 両性の平等

2013年08月09日

夏季休暇

暑中お見舞い申し上げます。
 
酷暑の折、皆様のご健康をお祈り申し上げます。


なお、勝手ながら、8月12日(月)から8月16日(金)まで夏季休暇とさせていただきます。
posted by 金山総合法律事務所 at 14:10| スタッフより

2013年08月03日

弁護士とは?


先日、日本在住のイタリア人女性から、事務所に法律相談の電話がありました。
 詳細は不明でしたが、なにやら「東京の弁護士2人に相談したところ、その2人の弁護士から、自分の要求は無理だと言われた。なんとかならないか」、ということでした。
「すでに弁護士2人が相談にのって『難しい』とアドバイスしているのだから、名古屋にわざわざ来て貰ってもあまり意味はないのではないかしら」と私は思ったのですが、東京から名古屋に来てくれると言うことだったので、通訳をしてくれているディエゴさんにお願いして、この事務所で法律相談を受けることになりました。

自己紹介のあと、私は彼女に「あなたが相談したという東京の弁護士ってどなたでしたか?差し支えなければ名前を教えてください。」と聞きました。すると彼女は名刺を出して私に見せてくれました。しかし、なんということでしょう。その名刺は弁護士の名刺ではなく、肩書きが行政書士の名刺でした。
 私は「失礼ですが、この方は弁護士ではありません」と言うと、彼女は名刺の裏を見せて「ここにLAWYERと書いてある。だから弁護士です。間違いありません」と言います。名刺の裏には英語で「Administrative Documentation Lawyer」と書いてありました。確かに英語で「Lawyer」と言えば、通常は法律家、あるいは弁護士を意味します。なので、私は「英語では弁護士とも読めますが、日本ではこの方は弁護士ではありません。弁護士とは異なる行政書士という資格を持っている方です。」と答えました。彼女は大変驚いていました。
 他方、通訳のディエゴさんは「行政書士」をイタリア語に通訳するのに困っていました。「行政書士」とは、行政書士法によれば「他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類、その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成することを業とする」と定義されています。実際には、入国管理局に対して在留資格申請手続きを代行したり、法人の設立手続きなどを行ったりしています。
 しかし、イタリアには行政書士という国家資格に相当する業種はないそうです。ちなみに、小学館の和伊中辞典で行政書士を探すと「NOTAIO」と出てきますが、逆に同じ小学館の伊和中辞典で「NOTAIO」を見ると「公証人」と日本語に訳されています。日本にも公証人という資格はありますが、日本の行政書士の仕事とは関係がありませんし、行政書士の業務は、イタリアの公証人とも業務内容がかなり異なっているようです。なるほど、これでは「行政書士」を翻訳するは困難なようです。
 この話の流れで「イタリアにはなくて日本にはある資格」が話題になり、ディエゴさんによれば、例えば「司法書士」もそうだと言うことです。小学館の和伊中辞典で「司法書士」を探すと「COPISTA di atti pubblici」という言葉が出てきますが、逆に同じ小学館の伊和中辞典で「COPISTA」と見ると「タイピスト」となっており、意味がまったく違ったものになっています。他方、三省堂のデイリーコンサイス和伊辞典では「SCRIVANO」という言葉が出てきますが、逆に同じ三省堂の伊和辞典で「SCRIVANO」を探すと「代筆、書記」という訳になっています。このようにやはり「司法書士」という言葉も「行政書士」と同じようにイタリア語に翻訳する適切な言葉がないようです。

結果としてそのイタリア人女性は弁護士に相談していなかったことが判明したので、改めて詳しく事情を聞いてアドバイスをすることになりました。
 ああ、相談を断らなくて良かった!!
弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:25| イタリアの風

2013年07月10日

トリノのアスベスト判決4


すでにお知らせしましたが、2013年6月、イタリアのトリノ高等裁判所で控訴審判決が出されました。私は控訴審の判決理由をみてはいませんが、高裁でも有罪が維持され、しかも地裁段階では禁固刑が16年だったところ、控訴審では禁固刑が18年になったので、地裁判決の基本的な考え方は維持されているものと思われます。

・イタリアの法律など
 ところでイタリアには、すでに1956年には粉じん規制があったのですが、1988年には、特定の石綿製品の禁止、一定の閾値以上の場合における建物からの石綿除去の義務化がなされました。そして、1992年には「石綿の利用の中止に関する規則」(257号)により、石綿の採取・生産及び石綿含有の製品の販売禁止、石綿を使用する企業や石綿の除去を専門とする企業に対する調査、石綿を含む建物の調査などが定められました。さらに2000年には労働・社会保障令が布告され、社会保険機構(INAIL)による労災給付金に精神的苦痛も含めることが加えられたと言います。また2008年には、労働者の健康と安全に関する法律(81号)が制定され、それまでに個々に規制されていた法律などがまとめられたそうです。
 このような厳しいアスベスト規制があったからこそ、トリノ地裁判決のような判決が生まれたものと思われます。

 実は地裁判決は判決理由だけでも713ページに及びます。私には翻訳して理解する能力がないので、個人的に興味ある箇所のみ紹介します。もちろん専門用語の理解は間違っているかも知れませんので、ご容赦下さい。

・石綿による肺がんについて
 判決の「石綿疾患の病理」の項では、石綿肺、胸膜プラーク、肺がん、中皮腫とそれぞれ病態に応じて石綿曝露との因果関係が認定されていますが、そのうち「石綿による肺がん」について見てみると、次のように判示されています(判決p408〜)。
「肺がんは、中皮腫と異なり、様々な要因を有しており、言い換えれば石綿は肺がんの唯一の原因ではないということである。この命題については、すでに基礎的な研究がなされており、1955年のリチャード・ドールによって石綿と肺がんとの関係におけるレポートが発表されているだけでなく、1965年にはビリアニ、モットラとマレンツァーナがおこなったピエモンテ州とロンバルディア州におけるアスベスト疾患の879例についても研究がある。1967年には、この命題に関する科学的文献の新たな再検討が、ドンナによって行われ、この研究で、文献データは高い蓋然性と共に、石綿の労働者において胸膜や肺臓における原発性腫瘍にアスベストが関連していると認めることが可能であると断言している。そして、1987年の再検討においてはJCマクドナルドやADマクドナルドが、1955年のドール報告で成功した仕事において、アスベストと肺腫瘍との間には関連性において不確かさはまったく存在していなかった、と報告している。」
このように肺がんとアスベストとの因果関係は、イタリアにおいてもすでに1965年頃には認識されていたといいます。
 実は日本でも、従来、「肺がん」と診断されてきた死亡例について、職歴などを調査して、アスベスト曝露に基づくものだったかどうか、再確認する動きがあります。アスベストの曝露がはっきりすれば死亡後でも労災申請をすることは可能なので、期待が持てます。

・企業のトップの責任
トリノ判決のように企業のトップ、最高責任者に対しこのような重い刑事責任及び民事責任が課せられた根拠には、刑法の存在が指摘できます。
 イタリアの刑法第437条では「労働上の災害に対する予防の故意による懈怠または撤去」という標題で、「労働上の災害ないし危険を予測しながら、設備、装備、告知など措置を怠った者は誰でも6月から5年の禁固に処する。実際に災害ないし危険を生じさせた場合には3年から10年の禁固に処する。」という重い罰則が定められています。判決では被告人の責任について、この条文が適用されるかが大きな争点をなったようでした(判決文p472〜p495)。
この規定について弁護人は「この法条では不作為犯とされているが、作為義務が具体的に規定されていないから憲法で定めた罪刑法定主義に違反している」と主張し、作為義務の内容を具体的にするように求めたようです。
この点に関して判決は様々な観点から検討を行っているのですが、私が理解できた範囲では、要旨、次のとおりのような判示がありました。

 「作為義務の問題は使用するべきテクノロジーのレベルの違いであり、その当時において使用できる最良の技術を使う義務が経営者にはあると解釈されるべきである。しかし実は本件では、この点は裁判の重要な争点ではない。なぜならば、本件においてはこの被告人たちにかけられている問題は『最善の方法をとったかどうか』ではなくて、『効果的な防護システムや措置が当時存在していたにもかかわらず、これをを完全に放棄ないし無視したかどうか』なのである。刑法437条において具体的な措置が規定されていない理由は二つある。第1に、どの会社も既に導入している技術・システムと最善の技術を比較しなければならないことになるので、会社が、新しい技術やシステムを導入する蓋然性は低いこと。第2に、仮に高度でかつ有益でありながらより高額な技術が開発された場合でも、その分野の会社が、そのような高度・有益で高価な技術を導入しないとする合意を容易にする可能性があるからである。
 石綿セメントの製造分野においてまさに、この本件で問題とされている時期においてこのような事態が既に発生したことを想起すべきである。証人ミッテルホルザーは、1984年から1986年までエテルニット社の代表取締役に就任していた人物であるが、2010年7月に法廷にて証言した。彼によると80年代当初には石綿の代替品として繊維のミックス品が開発され、その新しい繊維のミックスはアスベストセメントと同等の効果を持つとされていた。この新製品の製造が進まなかった理由は、複数の会社がこの新製品や新技術を受け入れることに反対表明したからであるが、その唯一の理由は、経済的な負担ということであった。その結果、新製品の価格は高価なままで維持されてしまい、この新しい技術を使うことを期待していた会社でもこの新製品導入の計画を放棄せざるを得なかったという。」
 さらに判決は、被告人ら会社トップらが「最良の技術がすでに存在すると知っていながら、あえてそれを導入しなかった」という事実のみから「故意」と認定することができる、としているようです。

このように労働災害に関して企業のトップに対して実刑判決を下したのは、実はアスベストの判決が初めてではないようです。2007年12月にトリノの鉄鋼工場で7人の労働者が火災のため死亡した事故において、2011年4月15日、トリノ地方裁判所はドイツの多国籍企業ティッセンクルップの最高経営責任者に対し禁固16年6月の判決を出し、その他の役員に対しても最大13年6月の禁固の実刑判決を言い渡しました。

日本では、不祥事を起こした会社の社長はマスコミの前で頭を下げて退任すれば、ことは済んでいるようですが、イタリアとは、ずいぶん状況が異なるようです。
昨今日本では「企業コンプライアンス」が社会的に取り沙汰されていますが、きちんと法的責任そして社会的責任をとる企業は殆どありません。その典型的な例が、あの福島原発事故を起こした「東京電力」でしょう。
 企業の法的責任や社会的責任を曖昧にしたまま経済活動のみが行われることになれば、多くの労働者そして市民が犠牲になるような悲惨な結果が生じることは当然の帰結です。
                           弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:21| イタリアの風

2013年06月10日

トリノのアスベスト判決3


2013年6月3日の月曜日、トリノ高等裁判所で、アスベストの判決がでました。これは2012年 2月13日のトリノの地方裁判所の判決に対する控訴審判決に当たります。
判決理由はまだ発表されていないので、判決主文だけですが、被告人シュミットヘイニーに対して禁固18年というもので、第1審で禁固刑16年だったものが、なんと2年長くなりました。なお地裁判決当時は被告人は2人だったのですが、一人は最近死亡したとのことでした。その他、判決の内容は幾らか変更されたようです。
イタリアの刑事司法手続きは日本と大きく違っているので、私には今後の見通しについて予想もつきませんが、いずれにしても、被告人が判決に従って民事上の損害賠償責任を果たすことを期待しています。

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ところで、このように訴訟の審理は続くのですが、それではアスベスト被害は減少する方向に向かっているかというと、なかなか難しいようです。
 トリノの地方裁判所での判決後の2012年3月15日、レ・プッブリカ紙は、「イタリアはアスベストに包囲されているが、除去は遅々として進まない。有害物質によって汚染された原料3200万トン以上のものは、ほぼどこにでも存在しているが、除去や廃棄のための法律は執行されないままである。」「アスベストはどこにでもある。屋根、河岸沿い、倉庫、町に隣接する違法な処分場、廃業した工場など。アスベストは静かな殺人者であるが活動している。微細な線維が飛散すると、肺に入り込み、この鉱物性の刺客のサインのある中皮腫や肺がんなどの腫瘍を作る。トリノの判決は責任を明らかにしたが、悲劇を止めることはできない。フランスでは今後20年間に10万人の被害者がでると予測されているし、イタリアでは4万人になると計算されている。」という記事を書いて、アスベスト除去の重要性を訴えました。
このようにすでに使用されてきたアスベストの除去問題がイタリアでも深刻になっているようですが、例えば、フィレンツェを見てみましょう。

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 フィレンツェは歴史遺産にも登録されている有名な町ですが、古い建物が多いため、町のあちこちでアスベスト含有セメントが使用されているそうです。2010年にはフィレンツェのコムナーレ劇場で、アスベストを原因とした2人の被害者がでたという記事がありました。コムナーレ劇場労働組合によれば、1人は1972年から2000年まで電気技師として働いていた58歳の男性で肺にプラークができ、もう一人は1989年から1990年まで大道具の手伝いをしていた女性で卵巣と肺に腫瘍ができたそうです。このような事態が続いたため、この労働組合は、法律で禁止された1991年以前にアスベストに曝露された労働者について注意が必要だとする警告を発したと言います。そして2012年8月11日の地方紙によれば、行政府は、コムナーレ劇場大ホールの屋根のアスベスト除去費用として予算計上し、工事をおこない、この秋からは劇場の再開があるとのことでした。

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さらに2012年9月17日のコッリエレ・デッラセーラ紙でも「アスベストはイタリアでは常に緊急事態。除去すべき箇所はいまだ3万4000ある」「2015年から2020年の間に患者数のピークで68万人が発症する可能性。3200万トンが除去されていない」としてイタリア学術会議で検討された数字上の根拠を説明しています。
 このように、イタリアではアスベストの除去問題について頻繁に記事にして警告を発しているようですが、日本ではどうでしょうか、心配です。           
                               (弁護士 渥美玲子)
posted by 金山総合法律事務所 at 19:28| イタリアの風

2013年05月24日

イタリア共和国憲法の修正2


先回みたようにイタリア共和国憲法は硬性憲法に入る訳であるが、憲法の改正に賛成する人は、「それでも硬性憲法をもつ諸外国では複数回改正しており、イタリアでも過去16回も改正してきたではないか。だから過去一度も改正されない日本がおかしい」と考えているようである。

そこで、一度イタリア共和国憲法(以下、イタリア憲法という)の修正された条項を検討したいと思う。
 イタリア憲法は1947年12月に公布され、1948年1月1日に施行された。従って日本の憲法が1946年(昭和21年)に11月に公布され、翌1947年(昭和22年)5月3日に施行されたという経過に近似している。

 16回の改正は、以下のようである。
1963年02月09日    両院の議席配分変更(56条,57条)、共和国上院の任期(60条)
1963年12月27日    モリーゼ州の新設に伴う改正(131条、57条)
1967年11月22日    憲法裁判所の裁判官の任期の短縮(135条)
1989年01月16日    大臣の弾劾裁判制度の廃止及び大臣の犯罪の裁判管轄(96条、134条、135条)
1991年11月04日    大統領が解散権を行使できる期間の緩和(88条)
1992年03月06日    大赦及び減刑の法律事項への変更(79条)
1993年10月29日    国会議員の不起訴特権の一部廃止(68条)
1999年11月23日    州の自治権強化及び州知事直接選挙の導入(121条〜123条、126条)
2000年01月17日    公正な裁判の確保及び刑事被告人の権利保障(111条)
2001年01月23日    在外選挙区の設置(48条)
2001年01月31日    在外選挙区で選出された国会議員定数の確定(56条、57条)
2001年10月18日    国と地方の関係の根本的改革(第2部5章)
2002年10月23日    サヴォイア王家子孫の公民権剥奪及び男系子孫の帰国禁止規定の削除(経過規定)
2003年05月30日    女性の政治参加促進策の合憲化(51条)
2007年10月02日    死刑廃止導入(27条)
2012年04月20日    憲法への均衡予算原則の導入及び財政権の政府権限強化(81条、97条、117条、119条)

これら16回の修正の大部分がいわゆる「統治」に関する条項であり、人権に関すると思われるものは、少数に過ぎない。
簡単に見てみた。
 
 2001年のイタリア国外にいる選挙人の選挙権に関する規定についてである。実は、このような規定は日本国憲法であれば憲法改正手続きではなく、公職選挙法を改正すれば足りる問題であって、現に1998年4月には公職選挙法の第4章の2として追加的に規定され、第30条の2以下の条文にて整備された。
さらに2007年には死刑廃止規定が修正された。これは従来「死刑は、戦時軍法に定められる場合を除くほか、許されない」という規定であったものを、一切の例外を認めない死刑廃止としたものである。イタリアでは1947年に死刑が執行された以後は執行はなかったことから、この修正についてはほとんど反対論はなかったと聞く。ところで、刑罰に関しては日本国憲法では第36条で「公務員による拷問及び残酷な刑罰はこれを禁ずる」と規定されているに過ぎないので、例えばイタリアのように「死刑制度は採用しない」という方向で変更するためには憲法を改正するのではなく、「死刑は残酷な刑罰である」という理由で「刑法」を改正すれば足りることになっている。
2003年には女性の政治参画についての修正がなされた。これは人権拡充の方向での修正であるが、憲法第3条で「すべての市民は等しく社会的権威を有し、法律の前に平等であり、性、人種、言語、宗教、政治的意見、個人的及び社会的条件によって差別されない」と規定しているので、どのような理由で憲法を改正する必要があったか、不明である。なお、日本国憲法ではすでに第14条や第24条があるので、女性の政治参画積極策について憲法を改正する必要はないと思われ、現実に1999年には「男女共同参画社会基本法」という法律が不十分ながらも制定・施行されている。
2000年には裁判に関する規定、111条が大幅に拡充された。新設された第1項は「裁判は法律に定められた適正手続きにより実現される」という規定であるが、その他の新設された条項は刑事訴訟における被告人の権利保護を目的としている。日本国憲法第31条では「何人も法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑を科せられない」と規定されているほか、刑事被告人の権利については第37条や第38条などで保障されている。
このように見てみると人権に関する修正事項のうち日本の憲法でも改正を要する条項はほとんどないと言えるのではないだろうか。

他方、統治に関する修正を見てみる。
1963年の両院の議席配分変更というのは、イタリア憲法では56条で「下院は630議席」、57条で「上院で315議席」とそれぞれ議員数が規定されているための改正である。日本では両院の議席数は憲法43条によって「両議院の定数は法律でこれを定める」とされており、公職選挙法第4条で定数が規定されている。従って、定数を変更することは憲法改正事項ではない。
同じく1963年のモリーゼ州の新設に伴う改正は,当然と言えば当然の改正だった。なぜならばイタリア憲法第131条では共和国を構成する20の州のすべてが列記されているからである。日本国憲法にはこのような規定は存在しないので、例えば沖縄が返還されて沖縄県になったときも憲法改正手続きはなかった。
2012年の修正は、イタリアが財政危機に陥ったことから、欧州連合の財政基準と合致させるため憲法で規定されている予算や決算の方法を修正したものである。

以上、簡単に概観したが、イタリアで行われた16回の憲法の改正とは言っても、現在日本で問題になっているような基本的な事柄ではなく、日本人が想像していた事柄と大きく異なっていたことが分かる。
何でも単純に比較して論じることの危険性を感じた。
弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:51| イタリアの風

イタリア共和国憲法の修正



2012年12月26日、安倍内閣が発足して以来、憲法改正論議がかまびすしくなった。すでに自民党は2012年4月に憲法改正草案なるものを発表しているが、安倍内閣は憲法全体の変更を容易にするため、まずは憲法改正手続きを規定した96条の変更をしようとしている。
憲法96条の改正問題については、日本弁護士連合会が本年3月14日に早々と「憲法第96条の発議要件緩和に反対する意見書」を発表している(関係リンク参照のこと)。
ところで、この意見書には「諸外国の憲法との比較」という項目があり、諸外国として、ルーマニア、韓国、アルバニア、ベラルーシ、フィリピン、アメリカ、ドイツ、フランスがあげられているが、イタリアについても「イタリアでは同一構成の議会が一定期間を据え置いて再度の議決を行い、2回目が3分の2未満のときには、国民投票が任意的に行われる」と紹介されている。

おそらくこの紹介では少し分かりにくいと思うので、イタリア共和国憲法(以下、単にイタリア憲法という)の改正に関する規定をそのまま紹介してみたい。

憲法138条
 憲法改正法律及びその他の憲法的法律は各議院において少なくとも3ヶ月の期間をおいて引き続き2回の審議をもって議決される。そして第2回目の表決においては各議院の議員の絶対多数によって可決される。
 前項の法律はその公布後3ヶ月以内に1議院の議員の5分の1、50万人の有権者または5つの州議会からの要求があるときは、人民投票に付される。人民投票に付された法律は有効投票の過半数で可決されない限り、審議されない。
 第1項の法律が各議院の第2回目の表決において、その議院の3分の2の多数で可決されたときは、人民投票は行われない。

 ここでいう「各議院」とは、「Camera dei deputati(カメラ・ディ・デプターティ)」という下院と「Senato della Repubblica(セナト・デッラ・レプッブリカ)」という上院(昔の元老院)の2つの議院であり、まとめて立法議会ないし国会を「Parlamento(パルラメント)」と称しているようだ。
この第1項にある「絶対多数」というのは数字で具体的に表現されているわけではないが、両院でそれぞれ「3分の2」の可決があった時には人民投票は行われないということだから、「絶対多数」というのは、3分の2以下の過半数をさすと考えられる。

ところで、日本では改正の発議要件のみが問題にされているが、イタリア憲法には憲法改正に関する規定がもうひとつある。
 実は139条では「共和政体は、憲法改正の対象とすることはできない。」と規定している。例えば、共和国を君主国に変更することはできないというような主権ないし権力の所在を変更するという意味である。この規定は当然と言えば当然であるが、実は看過してはいけない重要な規定だ。
 今回発表された自民党の改正草案では、「天皇は日本国の元首であり」と明記されているが、「元首」という用語は現在の日本国憲法では使用されていない。従って「現在の日本における元首は誰か」という解釈については学説上も混乱しており、統一的な考え方は存在していない。ただ、宮澤俊義教授は、「元首とは国の首長であり、主として対外的に国家を代表する資格を有する国家機関」と定義し、明治憲法では「天皇は国の元首にして、統治権を総覧する」と規定されていたので、明治憲法下の天皇がまさにこの「元首」であったとしていると指摘している。今回の自民党の草案は「天皇を元首とする君主制」を復活させる意図であることは明らかである。
 従って、この自民党草案のような「天皇は元首である」とする案は、まさに政体を変更することなのであるから、イタリア憲法139条のような考え方から見れば、提案すること自体が違法なものとして許されることはないだろう。
ちなみにイタリア憲法では、その第87条で「大統領が元首(il capo dello Stato)である」と規定されているが、大統領は「国会議員の合同会議において国会により選挙される」とも規定されており、あくまでも共和制内での存在であることは確かだ。


                                  弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:19| イタリアの風

2013年05月21日

トリノのアスベスト判決2



先回は、イタリアのトリノ裁判所で2012年2月13日に言い渡された判決について紹介しました。この裁判の状況については、イタリアの「AssociazioneFamiliari E Vittime Amianto」(略称 AFEVA:アスベスト被害者家族の会)が出しているウェブサイトにアクセスして頂ければ良く分かります。


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 ところで、このウエブサイトによると、裁判を支援した労働組合等の団体は2012年2月14日、次のような声明文を出しました。提出した先は、国際連合事務総長、世界保健機構、世界貿易機関、国際労働機関です。イタリアの小さな都市にある地方裁判所での判決なのに、声明文を出す相手が、このような世界機関ばかりだったのには驚きました。日本でも重要な裁判、人権が問題になっている裁判が沢山あるので、日本も重要な判決についてこのような世界機関に声明文を出すことをもっと積極的に考えたいと思いました。

「私達団体は2012年2月13日トリノの裁判所にて懲役16年の有罪判決がなされたことを評価し検討するために結集しました。この判決は故意による大規模な環境破壊に対するものであり、石綿やセメント製造の多国籍企業のエテルニト社の最高幹部であるスイス人とベルギー人、ステファン・シュミットヘイニ、とルイ・デ・カルチエ・ドゥ・マルシェンネに対してなされました。
 私達は何百万人という労働者や市民への大虐殺、特にイタリアにあるエテルニト社の工場施設があるカサーレ・モンフェラート市とカバニョロ市においてはそうですが、この大虐殺に対する法的正義にとって、歴史的な転換点であると思います。
 石綿の有害性や発がん性についての真実は、この大訴訟における資料により裏打ちされて、おびただしい資料に明白に確認されていると同時に、この真実は、世界中の国において石綿が緊急に禁止されることを要請しています。
 経済性や利益追及という唯一の動機のために労働者や市民の多数を人生の危険にさらし続けていることは、社会的そして人道的な犯罪とみなすべきであり、従って、すべての国において、イタリアの例のように、社会的及び人道的な犯罪として制約されるべきです。
 将来の世代の人々がこのような種類の被害を受けることを阻止することは、それぞれの市民社会における義務です。そして、この目的を達するためには、以上に加えて、国際的組織による綱領、それぞれの国の規準、裁判上の規準や方法などを強化することが必要であります。」


この声明文では、まさにアスベストの被害を根絶するために世界的な連帯を求めています。アスベストが使用ないし利用されていない国はおそらく無いので、アスベストの被害もまさに世界規模で発生しているのです。だから被害根絶のためには世界的な連帯こそが必要なのです。なお、この声明文の原語はイタリア語です。誤訳があるかも知れませんが、ご容赦下さい。
ところで、この声明文を出した団体は、「AFEVA:石綿被害者家族の会」「CGIL:イタリア労働総同盟」「CISL:イタリア労働者組合同盟」「UIL:イタリア労働連合」です。この3つの労働組合はイタリアの3大ナショナルセンターと言われていますが、このうちCGILは、イタリアで最大の労働組合の連合組織で、約600万人の登録がされており、政治的にも大きな発言権を持っているようです。

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アスベスト被害にかかわる訴訟に対して、それぞれ政治的立場や宗教的立場の違いがあるにもかかわらず、3大労働組合団体がこのように一致団結して訴訟支援をするということはとても素晴らしいことだと思いましたし、それだけイタリアの労働者、市民が真剣にアスベスト被害の根絶に向けて努力しているということを感じました。

                   (弁護士 渥美玲子 2012年6月記述)
posted by 金山総合法律事務所 at 11:28| イタリアの風