2013年09月07日

明治民法 〜「戸主」

両性の平等
         

明治民法の特徴は、親族編にしても相続編にしても、「家」制度という概念で貫かれているということです。
親族編は「親族」の規定から始まり、総則、戸主及び家族、婚姻、親子、親権、後見、親族会、扶養の義務というように章が続きます。ちなみに当時の親族編は725条から963条までありました。

・「第725条 左に掲げたる者はこれを親族とする。
1,6親等内の血族
2,配偶者
3,3親等内の姻族 」

  この条文が親族編のトップです。実は、この条文は、現在の民法と条文の番号も内容もまったく同じです。1947年(昭和22年)に明治民法のうち親族編と相続編は法形式上は廃止されたのですが、それは形だけで、実は明治民法のうち、憲法24条に違反していると明確に認められた条文のみが廃止になり、そうでない条文は、そのまま残っているのです。明治民法は1896年(明治29年)4月に制定され、1898年(明治31年)7月から施行されていますから、なんと117年間生きているのです。自民党は今の憲法は60年改正されていないので、改正されるべきだと主張しているようですが、117年間も昔の民法でも良いって言っているわけですね。おそらく自民党の体質は明治憲法の体質と同じなのでしょう。
 ところで、この条文で「親族」の規定がなされているのですが、なぜ、このような区別の仕方になっているのでしょうか。梅教授の説明によれば「固より一定の根拠などはないが、外国ではローマ法において4親等までを親族とする例がある。支那にては高祖以下4代を限りとしてこれを認めているようだ。そして後者は8親等に該当するので、4親等と8親等の平均は、すなわち6親等である。故に民法では6親等内の血族に限った。」ということです。ちなみに、「高祖以下4代」というのは、まず、直系尊属に遡って、父母(1親等)、祖父母(2親等)、曾祖父母(3親等)、高祖父母(4親等)と数え、さらにこの高祖父母から4代下がるのです。そうすると、これは8親等に該当するということです。ローマ法と中国法の折衷案だということはすごいですね。しかもこのような考え方は、昭和22年の民法改正時においてもまったく再考されなかったというのですから、それも驚きです。
 さて「6親等」というのは、現代感覚からすれば、かなり広く認めていると思われますが、明治の初期頃までは、おそらく女性は初潮を迎える年頃には他家に嫁に出され、妊娠出産していただろうと思われます。すると10代で母親、20代で祖母、30代で曾祖母、40代で高祖母などという状況があったかも知れません。なので、当時としてはそれなりに現実的な感覚だったのでしょう。それにしても、仮にそれが現実だったとすれば、嫁ぎ先では姑が3人や4人いても不思議ではなかったかもしれません。

・「第732条
戸主の親族にしてその家にある者及びその配偶者は、これを家族とする。」

 「親族」という概念のほかに「家族」という概念がありましたが、それは今使われているような「家族」ではなく、戸主を中心に構成され、「戸主の親族」に限定され、決して配偶者の親族は含まれないということです。また梅教授によれば「その家にある者」とは、同じ「家籍」にある者、つまり「戸主と同一戸籍にある者」ということですから、例えば結婚して他家に行った娘は親族であっても「家族」ではないのですね。

・「第746条
戸主及び家族はその家の氏を称する。 」

 「家」に入れば、同じ「氏」を使う義務がありました。梅教授によれば「今日は、家には必ず氏があるから、家を組織する戸主や家族は当然その家の氏を称すべきこと言をまたない」としています。そして、妻の氏については「従来の行政上の慣習によれば妻は実家の氏を称するべきだと言っても、これは支那の慣習を踏まえたものであって、我が邦の家制の主義には適していない。また実際の慣習にも適合していない。つまり妻がその実家の氏を称すると言うことはあたかもなお実家に属するという観を成し、夫婦家を同じくするという主義には適していない。」と説明しています。妻は夫の家に所属するのですね。

・「第747条
  戸主はその家族に対して扶養の義務を負う。  」

梅教授によれば「我が法律においては家族相続は1人に限りその者は前戸主の財産を相続するが故にこれを扶養する義務がある」ということです。
 このように戸主の義務は重いのですが、戸主には女性もなることができました。有名なのは樋口一葉が女戸主だったということです。彼女は1872年(明治5年)に生まれましたが、戸主だった兄が死亡し、さらに父親も死亡したため、17歳で女戸主になったということです。そのため家族を養う責任を負うことになり金銭的につらい思いをしたそうです。

                          弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 14:45| 両性の平等

2013年08月31日

明治民法〜 妻の無能力

両性の平等

先回述べたように、今の民法は1896年(明治29年)4月に制定され、1898年(明治31年)7月に施行されたものです。そのため、このときに制定された民法を「明治民法」と呼んでいます。
明治民法の特徴は、「家」制度という概念と男尊女卑の精神で貫かれているということです。以下、名古屋大学大学院法学研究科の法情報基盤や旧法令集(有斐閣)の条文を現代語に変えて引用します。

民法の総則編です。
・「第14条
@妻が左に掲げた行為をなすには夫の許可を受けることを要する。
1,第12条第1項1号から6号に掲げた行為
2,贈与若しくは遺贈を受諾し又はこれを拒絶すること
3,身体に羈絆を受けるべき契約をすること
A前項の規定に反する行為はこれを取り消すことができる。   」

この条文がいわゆる「妻の無能力」と言われるもので、妻には法律行為をする能力(行為能力といいます)が認められていませんでした。但し、結婚前の女性や夫が死亡により寡婦になった場合には行為能力はあります。
 では、なぜ夫がいると妻の行為能力を奪われたのでしょうか。梅謙次郎教授は、「天に2つの太陽がなく、国に2人の王がいないと同じように、家には2人の主人つまり戸主はいらない。もし家に2人の主人がいると一家の整理ができないからだ。親権は主として未成年者に対して行われ、夫権は妻に対して行われる。」と説明しています。
ちなみ1項にて夫の許可が必要とされる第12条の6つの行為とは、「元本を領収し、又はこれを利用すること」「借財又は保証をすること」「不動産又は重要な動産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること」「訴訟行為をすること」「贈与・和解又は仲裁契約をすること」「相続を承認し又はこれを拒絶すること」です。
この条文の2項では、他人から贈与を受けることも許可が必要ですが、贈与を受けること自体は利益なのですから妻の自由だと思うのですが、梅教授によれば、「品位上また感情上、贈与を受けることができないとすることができる。これらの判断はすべて夫の意見に任せられるのでなければ、その権力が行われないことになる恐れがある。」ということです。簡単に言えば夫はそのときの気分や感情で妻に対する贈与を妻の意向に関係なく勝手に断ることができたのですね。それが「夫権」だったのです。
この条文の3項の「身体を羈絆する」という言葉は難しいですが、「行動の自由を縛るような」という意味で理解するといいのかもしれません。梅教授によれば、「夫は妻に対して自己と同居させる権利を持っているので、妻は夫の許可なくして、その同居義務に違反するような契約などできるわけがない」ということです。例えば、労働契約などは、家の外で働くことになるので、妻の同居義務に違反するのでしょう。

・「第16条
 夫はその与えたる許可を取消し又はこれを制限することができる。但し、その取消しまたは制限はこれをもって善意の第3者に対抗することができない。」

この条文は夫が一旦妻に上記の許可をした後でも、その許可がなかったことにすることができる、ということです。この条文についての梅教授の説明は、「夫は許可しても、その夫権を放棄することはない。だからどのような許可を与えたとしても、後に許可したことを後悔したときには、何時でもその許可を取り消すことができるようにしなければならない。」というものです。夫権は絶対的だったのですね。

・「第17条
   左の場合においては妻は夫の許可を受けることを要しない。
1,夫の生死が明らかではないとき
2,夫が妻を遺棄したとき
3,夫が禁治産者または準禁治産者であるとき
4,夫が瘋癩のため病院又は私宅に監置されているとき
5,夫が禁固1年以上の刑に処せられその刑の執行中にあるとき
6,夫婦の利益相反するとき 」

1号から5号までは、問題がないわけではありませんが、夫が妻を監督したり扶養できない場合を意味すると考えればやむを得ない規定でしょう。そして、6号は、例えば夫に対して妻が離婚訴訟を起こすときには「夫婦の利益が相反すること」になるので、この場合には、第14条にもかかわらず、妻は自分で訴訟を起こすことができました。

要するに女性は結婚した途端に、法律行為の自由、行動の自由や経済的な自由を奪われました。もちろんこのような規定は両性平等を認めた憲法第24条に反するので、昭和22年には廃止されました。

 しかし、社会的な実態としては今も残っているのです。
 例えば、妻が外で働きたいとき、妻が夫に「ねえ、私も外で働いていいかしら?」と同意を求めるケースが結構多いのではないでしょうか。それに対して「いいよ、でも家事や育児に手を抜かないで欲しい。もしそういうことがきちんとできないのなら外で働くのは禁止だ。」と夫が答えるケースが少なからずあります。なので仮に妻が外で働くことができても、家事など支障のない範囲の短時間しか働くことができないし、家に帰れば家事や育児をしなければならないので、休む暇がありません。
 このような夫の答えならまだしも、「何? おれの給料じゃ満足できないのか。おまえは俺と子供の世話をしてりゃいいんだ。」と言って、夫が妻を怒鳴りつけるケースもあります。まあ、大体こういう夫は妻から離婚を要求されることが多いと思われますが。
弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 13:23| 両性の平等

2013年08月22日

退所のお知らせ


今まで一緒に活動していました向井小百合弁護士が、今年7月末をもって当事務所を退所しました。

彼女は、8月1日から、財務省 東海財務局の任期付き職員(証券検査官)として勤務を始めることになりました。

向井弁護士に対する今までのご厚情に感謝するとともに、今後も当事務所に対しての変わらぬご指導、ご鞭撻をお願い致します。


posted by 金山総合法律事務所 at 16:09| スタッフより

イタリアの憲法と比べて

両性の平等〜


日本国憲法第24条は世界的に珍しい条項だと書きましたが、実はイタリア共和国憲法には両性の平等の他、婚姻や家族のことについても詳しい規定があります。
  なお、イタリア共和国憲法は1947年12月22日憲法制定会議において可決され、1948年1月1日から施行されたので、日本国憲法とはほど同じ時期に制定されたということができます。以下、「解説世界憲法集」(三省堂)から女性、家族に関する条文を引用します。

第3条
  @ すべての市民は等しい社会的尊厳をもち、法律の前に平等であり、性別、人種、言語、宗教、政 治的意見、人的及び社会的条件によって差別されない。
  A 市民の自由と平等を事実上制限し、人格の完全な発展及び国の政治的、経済的、社会的組織へ のすべての勤労者の実効的な参加を妨げる経済的・社会的傷害を除去することは共和国の責務である。

第29条
  @ 共和国は、婚姻にもとづく自然共同体としての家族の権利を認める。
 A 婚姻は、家族の一体性を保障するために法律で定める制限の下に、配偶者相互の倫理的及び法的平等に基づき、規律される。

第30条
  @ 子供を育て、教え、学ばせることは両親の義務であり権利である。子供が婚外で生まれたものであっても同じとする。
 A 両親が無能力の場合は、前項の任務を果たすものを法律で定める。
 B 婚姻外で生まれた子供に対する法的および社会的保護は法律で定める。この保護は適法な家族の成員と両立するものである。
 C 父の捜索に関する規定とその制限は法律で定める。

第31条
 @ 共和国は、経済的および他の措置により、家族の形成およびそれに必要な任務の遂行を助ける。大家族に対しては、特別の配慮を行う。
 A 共和国は母性、児童、青年を保護し、この目的に必要な施設を助成する。

第37条
   @ 女子勤労者は男子勤労者と同じ権利を有し、等しい勤労につき同じ報酬を受ける。その勤労条件は、女子に不可欠な家政の遂行を可能とし、母親と幼児に特別の適切な保護を保障するものでなければならない。

 このように書いてみると、「日本の憲法にもあったらよかったのに」と思う条文もあれば、逆に「この条文はどういう意味だろう?」とか「なぜ、こんな条文ができたの?」と疑問に思うものもあります。また現在、これらの憲法条項がどのように活かされているのかも知りたいところです。

 ところで日本国憲法第24条はベアテの草案になるものでしたが、実は彼女は、第24条以外にも多くの女性の権利を書いていたのです。
 例えば、
 「妊婦と乳児の保育にあたっている母親は既婚・未婚を問わず国から保護される。彼女たちが必要とする公的援助が受けられるものとする。嫡出でない子供は法的に差別を受けず、法的に認められた子供同様に、身体的、知的、社会的に成長することについて機会を与えられる。」
 「すべての成人女性は生活のために仕事につく権利がある。その人にあった仕事がなければ、その人の生活に必要な最低の生活保護が与えられる。女性は専門職業および公職を含むどのような職業にもつく権利をもつ。その権利には政治的な地位に就くことも含まれる。同じ仕事に対して男性と同じ賃金を受ける権利をもつ」などです(1945年のクリスマス:p186)。
 しかしベアテの上司のケーディス大佐は「このような具体的な指示は有益かもしれないが、憲法に入れるには細かすぎる。詳細は制定法によるべきだと思う。憲法に記載するレベルのことではないのではないだろうか」という意見をのべ、ベアテの草案を大幅にカットしてしまったそうです(同書:p183)。
 なお、このようにカットされたことについて、後日ベアテは「子供や母性の権利については、やはり男性と女性とで関心度が違うのではないかと思った。その関心度の違いが、ケーディスさんと私の意見の分かれるところではないかと考えた」と書いています(同書:p309)。

 イタリア憲法では、家族の形成や母性・児童の保護、婚外子の保護、同一価値労働同一賃金を明文で認めていますが、このような条項を入れようとしたベアテに対して上司は反対し明文化されませんでした。1945年頃という同じ時期に、イタリアと日本では、憲法について異なった考えがあったのですね。
                           弁護士 渥美玲子
posted by 金山総合法律事務所 at 13:57| 両性の平等

2013年08月20日

憲法第24条 〜その3

両性の平等〜

憲法24条第2項は、つぎのような条文です。

「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」

 この条項に対応するベアテの草案は次のようなものでした。
「これらの原理に反する法律は廃止され、それに代わって、配偶者の選択、財産権、相続、本拠の選択、離婚並びに婚姻および家庭に関するその他の事項を、個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定さるべきである。」

 比較すると分かりますが、日本側は、ベアテの書いた草案をほとんど採用しています。
 問題は、「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」という条項がきちんと遵守されたのかどうかです。ベアテは、実は実際に法律を考えで制定するのは男性なので、本当に女性のために法律を制定してくれるのか心配だったそうです。でも、その心配は当たったと言えるかもしれません。

  婚姻や家族について定めている民法を見てみましょう。
 憲法第24条を知っている人はたいてい、今の民法は戦後制定されたのだと思っているでしょう。でも違うのです。今の民法は1896年(明治29年)4月に制定され、1898年(明治31年)7月に施行されたものです。そのため、このときに制定された民法を「明治民法」と呼んでいます。現在の民法は、明治民法のうち家族法(身分法とも言われていました)、具体的には親族編と相続編が、1947年(昭和22年)に改正され、1948年(昭和23年)1月に施行されたものに過ぎません。実は私が大学で学習をしたとき、民法は全部文語調でカタカナで書いてありました。これが現在のようにひらがなを使った現代語になったのは、なんと2004年(平成16年)なのです。
 ところで明治民法の家族法は「家」制度を基本原理に組み立てられており、家の長、つまり家長が「家」を支配・統制しており、その中で女性はまったく権利がありませんでした。そして相続というのは「家」の承継を意味するのであって、いわゆる長子たる男性が単独で「家督」を相続するものとされていました。従って明治民法の家族法には「個人」という概念はまったくありませんでした。
憲法第24条は、まさに旧来の家制度をすべて廃止し、個人の尊厳と両性の本質的平等を基礎に再構成され、女性が親の強制や男性の支配から解放される諸権利を定めるべきだったのです。

 ところで、明治民法の家族法以外の分野で条文が改正され、この憲法24条の表現がそのまま採用された条文があります。それは民法第2条で、「この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として解釈しなければならない。」と定められています。
 この条文は民法の総則編におかれていますから、単に親族・相続の分野にとどまらず、物権編、債権編の財産における分野も含め民法全般の条文の解釈のための原理となっているのです。これは非常に重要な規定です。たとえば、労働契約において女性であることを理由に、昇進・昇格、賃金、職種などを差別することは許されません。賃貸借契約において女性であることを理由に賃貸条件を悪くすることはできません。このように女性が生きていく上で多くの法律行為をする必要がありますから、女性であることを理由に女性に不利に扱われてはいけないのです。

                        弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 10:20| 両性の平等

2013年08月19日

憲法第24条 〜その2

両性の平等〜 


  憲法24条の内容については先回書いたとおりですが、第1項に「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。」と敢えて規定された理由はなんだったのでしょうか?
 今のように、それなりに結婚相手を選ぶことができるようになると、24条ができた理由が分からなくなっていますが、その理由を実はベアテが憲法草案にそのまま書いていました(1945年のクリスマス:p156)。

 「家庭は、人類社会の基礎であり、その伝統は、良きにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する。それ故、婚姻と家庭とは、法の保護を受ける。婚姻と家庭とは両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然であるとの考えに基礎をおき、親の強制ではなく、相互の合意に基づき、かつ男性の支配ではなく両性の協力に基づくべきことをここに定める」

 すなわち、ベアテが言いたかったことは、婚姻や家庭は「両性の相互の合意と協力」に基づいてなされるものであって、決して「親の強制や男性の支配」の下にあってはならないということなのです。24条にはそのようなことは書いてありませんが、戦前、日本の女性は親の強制と男性の支配の下にあったので、そのような状態から女性を解放する必要があったということなのです。
 それでは現在、婚姻や家庭において、女性は親の強制や男性の支配から自由になっているのでしょうか、今の私たちはこの点を検証する必要がありそうです。。
  また、ベアテは「両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然である」との表現をしたのに対して、現行憲法では「夫婦が同等の権利を有することを基本として」という表現に変えています。草案では「両性」という言葉にされていたものを、現行憲法では「夫婦」という言葉に変えていますが、その理由は何だったのでしょうか?ちなみに英語には「夫婦」ということを意味する単語はないようで「the equal rights of husband and wife」と少し不自然な表現になっています。
  しかもベアテの書いた草案と比較すると、現行憲法では「婚姻と家庭とは法の保護を受ける」という文章が削除されています。おそらく日本側がこの条項の削除を決定したのだと思いますが、その理由はいったい何だったのでしょうか。

 ところで、ベアテはこの草案を書くに際し、ワイマール憲法119条を参考にしたと書いています(同書p159)。なお、ワイマール憲法は正確にはドイツ・ライヒ憲法(Die Verfassung des Deutschen Reiches)と言い、1919年8月に制定されましたが、1933年3月にヒトラーが全権委任法を強行的に採決させたことにより、この憲法は事実上死文化しました。但し、1945年当時、法的にこの憲法が廃止されたり改正されたりしたことはなかったようです。
ワイマール憲法はこのようなものでした(世界憲法集:三省堂p207)。

第119条
第1項  婚姻は、家庭生活及び民族の維持・増殖の基礎として、憲法の特別の保護を受ける。婚姻は両性の同権を基礎とする。
第2項  家族の清潔を保持し、これを健全にし、これを社会的に助成することは国家及び市町村の任務である。子供の多い家庭は、それにふさわしい扶助を請求する権利を有する。
第3項   母性は、国家の保護と配慮を求める権利を有する。

 さらにベアテは女性の権利については、ソビエト社会主義共和国連邦憲法をも参考にしたと書いています(1945年のクリスマス:p151)。ベアテが参考にしたソビエト憲法は、1933年12月に制定され、スターリン憲法とも呼ばれていますが、1977年憲法に置き換えられるまで最高規範として存続しました。なお、当時このようなものでした(同書p151)。

第122条
第1項  ソ連邦における婦人は経済的・国家的・文化的及び社会的・政治的生活のあらゆる分野において男子と平等の権利を与えられる。
第2項  婦人のこれらの権利を実現する可能性は、婦人に対して男子と平等の労働・賃金・休息・社会保険及び教育を受ける権利が与えられること、母と子の利益が国家によって保護されること、子供の多い母が国家によって扶助されること、妊娠時に婦人に有給休暇が与えられること、広く行きわたって産院・託児所及び幼稚園が設けられること、によって保護される。

以上みたように、1945年当時、ドイツやソ連の憲法ではすでに女性の権利を男性と同等なものとして認め、家庭や子供及び母性の保護の必要性まで憲法で定めていました。当時の日本政府は当然のことながら、このような世界の憲法状況をよく知っていた筈ですが、GHQの提案に対し「日本には女性が男性と同じ権利をもつ土壌はない」と言い放ち、さらには、提案された婚姻や家庭などに対する保護規定を憲法から外してしまったのです。このような姿勢は本当に残念です。
   弁護士 渥美玲子


posted by 金山総合法律事務所 at 14:28| 両性の平等

2013年08月16日

憲法第24条

両性の平等〜


憲法改正論議がさかんになされるようになって、憲法第24条も結構みんなに知られるようになりました。
第24条は次のようになっています。

第1項 
婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。

第2項
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 すでに性差別については、人種、信条などの他の差別と共に憲法14条で禁止されていますが、さらに上記のように第24条で両性の平等が保障されているのは、世界的に珍しいことだと言われています。
 この条項を考えたのは、ベアテ・シロタという当時22歳のロシア系ユダヤ人女性でした。彼女は民間人ではありましたが、日本に10年近く住み日本語が堪能だったことから1945年12月からGHQの民政局のメンバーとして憲法草案の作成に携わりました。そして、当時の日本女性の地位があまりにも低いことを憂慮して、アメリカ憲法にも規定されていない24条のような条項を日本の憲法に入れる必要性を強く感じたのだと言っています(「1945年のクリスマス」柏書房)。なお、ベアテの書いた草案が日本側に提案された1946年3月、日本側の担当者は「女性の権利だが、日本には女性が男性と同じ権利を持つ土壌はない。日本女性には適さない条文が目立つ」と当初は拒否したそうです(同書p216)。
今でこそ、日本の女性は、日本の憲法に14条や24条があり、女性は男性と同等の権利を有することを当たり前のように感じていますが、そうではなかったのです。

 実は私はこの条文の「両性の本質的平等」という言葉がとても気に入っています。
 通常は「男女平等」という言葉が使われます。しかし、「男女平等」というとき、時として「平等とは言っても『男』が『女』の前に付いているので、男性の方が女性に優越するのだ」とか、あるいは「『同じものは同じように扱い、違うものは違うように扱う』というのが平等ということだから、男性と女性で体の構造や機能が違う以上、女性は男性とは違うように扱われて当然だ」という意見が聞かれます。
 「両性」という言葉は「女性」と「男性」との間の優劣を表現していません。また「本質的」という言葉は「身体的・生理的な違いはあっても、人間として等しく扱われる」という意味があります。従って、24条に存在しているこの言葉は人間の本質をとらえたとても美しい表現だと、私は思うのです。
 ちなみに、この「両性の本質的平等」という言葉は戦前の日本にはなかったもので、ベアテさんが英語で「the essential equality of the sexes」と書いた草案がなければ、未だに日本語として存在しなかったのではないかと思います。

                                    弁護士 渥美玲子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:33| 両性の平等

2013年08月09日

夏季休暇

暑中お見舞い申し上げます。
 
酷暑の折、皆様のご健康をお祈り申し上げます。


なお、勝手ながら、8月12日(月)から8月16日(金)まで夏季休暇とさせていただきます。
posted by 金山総合法律事務所 at 14:10| スタッフより

2013年08月03日

弁護士とは?


先日、日本在住のイタリア人女性から、事務所に法律相談の電話がありました。
 詳細は不明でしたが、なにやら「東京の弁護士2人に相談したところ、その2人の弁護士から、自分の要求は無理だと言われた。なんとかならないか」、ということでした。
「すでに弁護士2人が相談にのって『難しい』とアドバイスしているのだから、名古屋にわざわざ来て貰ってもあまり意味はないのではないかしら」と私は思ったのですが、東京から名古屋に来てくれると言うことだったので、通訳をしてくれているディエゴさんにお願いして、この事務所で法律相談を受けることになりました。

自己紹介のあと、私は彼女に「あなたが相談したという東京の弁護士ってどなたでしたか?差し支えなければ名前を教えてください。」と聞きました。すると彼女は名刺を出して私に見せてくれました。しかし、なんということでしょう。その名刺は弁護士の名刺ではなく、肩書きが行政書士の名刺でした。
 私は「失礼ですが、この方は弁護士ではありません」と言うと、彼女は名刺の裏を見せて「ここにLAWYERと書いてある。だから弁護士です。間違いありません」と言います。名刺の裏には英語で「Administrative Documentation Lawyer」と書いてありました。確かに英語で「Lawyer」と言えば、通常は法律家、あるいは弁護士を意味します。なので、私は「英語では弁護士とも読めますが、日本ではこの方は弁護士ではありません。弁護士とは異なる行政書士という資格を持っている方です。」と答えました。彼女は大変驚いていました。
 他方、通訳のディエゴさんは「行政書士」をイタリア語に通訳するのに困っていました。「行政書士」とは、行政書士法によれば「他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類、その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成することを業とする」と定義されています。実際には、入国管理局に対して在留資格申請手続きを代行したり、法人の設立手続きなどを行ったりしています。
 しかし、イタリアには行政書士という国家資格に相当する業種はないそうです。ちなみに、小学館の和伊中辞典で行政書士を探すと「NOTAIO」と出てきますが、逆に同じ小学館の伊和中辞典で「NOTAIO」を見ると「公証人」と日本語に訳されています。日本にも公証人という資格はありますが、日本の行政書士の仕事とは関係がありませんし、行政書士の業務は、イタリアの公証人とも業務内容がかなり異なっているようです。なるほど、これでは「行政書士」を翻訳するは困難なようです。
 この話の流れで「イタリアにはなくて日本にはある資格」が話題になり、ディエゴさんによれば、例えば「司法書士」もそうだと言うことです。小学館の和伊中辞典で「司法書士」を探すと「COPISTA di atti pubblici」という言葉が出てきますが、逆に同じ小学館の伊和中辞典で「COPISTA」と見ると「タイピスト」となっており、意味がまったく違ったものになっています。他方、三省堂のデイリーコンサイス和伊辞典では「SCRIVANO」という言葉が出てきますが、逆に同じ三省堂の伊和辞典で「SCRIVANO」を探すと「代筆、書記」という訳になっています。このようにやはり「司法書士」という言葉も「行政書士」と同じようにイタリア語に翻訳する適切な言葉がないようです。

結果としてそのイタリア人女性は弁護士に相談していなかったことが判明したので、改めて詳しく事情を聞いてアドバイスをすることになりました。
 ああ、相談を断らなくて良かった!!
弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:25| イタリアの風

2013年07月10日

トリノのアスベスト判決4


すでにお知らせしましたが、2013年6月、イタリアのトリノ高等裁判所で控訴審判決が出されました。私は控訴審の判決理由をみてはいませんが、高裁でも有罪が維持され、しかも地裁段階では禁固刑が16年だったところ、控訴審では禁固刑が18年になったので、地裁判決の基本的な考え方は維持されているものと思われます。

・イタリアの法律など
 ところでイタリアには、すでに1956年には粉じん規制があったのですが、1988年には、特定の石綿製品の禁止、一定の閾値以上の場合における建物からの石綿除去の義務化がなされました。そして、1992年には「石綿の利用の中止に関する規則」(257号)により、石綿の採取・生産及び石綿含有の製品の販売禁止、石綿を使用する企業や石綿の除去を専門とする企業に対する調査、石綿を含む建物の調査などが定められました。さらに2000年には労働・社会保障令が布告され、社会保険機構(INAIL)による労災給付金に精神的苦痛も含めることが加えられたと言います。また2008年には、労働者の健康と安全に関する法律(81号)が制定され、それまでに個々に規制されていた法律などがまとめられたそうです。
 このような厳しいアスベスト規制があったからこそ、トリノ地裁判決のような判決が生まれたものと思われます。

 実は地裁判決は判決理由だけでも713ページに及びます。私には翻訳して理解する能力がないので、個人的に興味ある箇所のみ紹介します。もちろん専門用語の理解は間違っているかも知れませんので、ご容赦下さい。

・石綿による肺がんについて
 判決の「石綿疾患の病理」の項では、石綿肺、胸膜プラーク、肺がん、中皮腫とそれぞれ病態に応じて石綿曝露との因果関係が認定されていますが、そのうち「石綿による肺がん」について見てみると、次のように判示されています(判決p408〜)。
「肺がんは、中皮腫と異なり、様々な要因を有しており、言い換えれば石綿は肺がんの唯一の原因ではないということである。この命題については、すでに基礎的な研究がなされており、1955年のリチャード・ドールによって石綿と肺がんとの関係におけるレポートが発表されているだけでなく、1965年にはビリアニ、モットラとマレンツァーナがおこなったピエモンテ州とロンバルディア州におけるアスベスト疾患の879例についても研究がある。1967年には、この命題に関する科学的文献の新たな再検討が、ドンナによって行われ、この研究で、文献データは高い蓋然性と共に、石綿の労働者において胸膜や肺臓における原発性腫瘍にアスベストが関連していると認めることが可能であると断言している。そして、1987年の再検討においてはJCマクドナルドやADマクドナルドが、1955年のドール報告で成功した仕事において、アスベストと肺腫瘍との間には関連性において不確かさはまったく存在していなかった、と報告している。」
このように肺がんとアスベストとの因果関係は、イタリアにおいてもすでに1965年頃には認識されていたといいます。
 実は日本でも、従来、「肺がん」と診断されてきた死亡例について、職歴などを調査して、アスベスト曝露に基づくものだったかどうか、再確認する動きがあります。アスベストの曝露がはっきりすれば死亡後でも労災申請をすることは可能なので、期待が持てます。

・企業のトップの責任
トリノ判決のように企業のトップ、最高責任者に対しこのような重い刑事責任及び民事責任が課せられた根拠には、刑法の存在が指摘できます。
 イタリアの刑法第437条では「労働上の災害に対する予防の故意による懈怠または撤去」という標題で、「労働上の災害ないし危険を予測しながら、設備、装備、告知など措置を怠った者は誰でも6月から5年の禁固に処する。実際に災害ないし危険を生じさせた場合には3年から10年の禁固に処する。」という重い罰則が定められています。判決では被告人の責任について、この条文が適用されるかが大きな争点をなったようでした(判決文p472〜p495)。
この規定について弁護人は「この法条では不作為犯とされているが、作為義務が具体的に規定されていないから憲法で定めた罪刑法定主義に違反している」と主張し、作為義務の内容を具体的にするように求めたようです。
この点に関して判決は様々な観点から検討を行っているのですが、私が理解できた範囲では、要旨、次のとおりのような判示がありました。

 「作為義務の問題は使用するべきテクノロジーのレベルの違いであり、その当時において使用できる最良の技術を使う義務が経営者にはあると解釈されるべきである。しかし実は本件では、この点は裁判の重要な争点ではない。なぜならば、本件においてはこの被告人たちにかけられている問題は『最善の方法をとったかどうか』ではなくて、『効果的な防護システムや措置が当時存在していたにもかかわらず、これをを完全に放棄ないし無視したかどうか』なのである。刑法437条において具体的な措置が規定されていない理由は二つある。第1に、どの会社も既に導入している技術・システムと最善の技術を比較しなければならないことになるので、会社が、新しい技術やシステムを導入する蓋然性は低いこと。第2に、仮に高度でかつ有益でありながらより高額な技術が開発された場合でも、その分野の会社が、そのような高度・有益で高価な技術を導入しないとする合意を容易にする可能性があるからである。
 石綿セメントの製造分野においてまさに、この本件で問題とされている時期においてこのような事態が既に発生したことを想起すべきである。証人ミッテルホルザーは、1984年から1986年までエテルニット社の代表取締役に就任していた人物であるが、2010年7月に法廷にて証言した。彼によると80年代当初には石綿の代替品として繊維のミックス品が開発され、その新しい繊維のミックスはアスベストセメントと同等の効果を持つとされていた。この新製品の製造が進まなかった理由は、複数の会社がこの新製品や新技術を受け入れることに反対表明したからであるが、その唯一の理由は、経済的な負担ということであった。その結果、新製品の価格は高価なままで維持されてしまい、この新しい技術を使うことを期待していた会社でもこの新製品導入の計画を放棄せざるを得なかったという。」
 さらに判決は、被告人ら会社トップらが「最良の技術がすでに存在すると知っていながら、あえてそれを導入しなかった」という事実のみから「故意」と認定することができる、としているようです。

このように労働災害に関して企業のトップに対して実刑判決を下したのは、実はアスベストの判決が初めてではないようです。2007年12月にトリノの鉄鋼工場で7人の労働者が火災のため死亡した事故において、2011年4月15日、トリノ地方裁判所はドイツの多国籍企業ティッセンクルップの最高経営責任者に対し禁固16年6月の判決を出し、その他の役員に対しても最大13年6月の禁固の実刑判決を言い渡しました。

日本では、不祥事を起こした会社の社長はマスコミの前で頭を下げて退任すれば、ことは済んでいるようですが、イタリアとは、ずいぶん状況が異なるようです。
昨今日本では「企業コンプライアンス」が社会的に取り沙汰されていますが、きちんと法的責任そして社会的責任をとる企業は殆どありません。その典型的な例が、あの福島原発事故を起こした「東京電力」でしょう。
 企業の法的責任や社会的責任を曖昧にしたまま経済活動のみが行われることになれば、多くの労働者そして市民が犠牲になるような悲惨な結果が生じることは当然の帰結です。
                           弁護士 渥 美 玲 子
posted by 金山総合法律事務所 at 16:21| イタリアの風